【宗教リテラシー向上委員会】 新たなドラマに向かって ナセル永野 2020年3月1日

 先日、電車に乗っていると「オリンピック期間中の運行について」という中吊り広告が目に入った。気がつけば、もうオリンピックの開幕まで150日を切っている。

 ふと、過去2回のオリンピックはムスリムにとって実に話題の多いオリンピックであったことを思い出した。2012年 ロンドンオリンピックの開催期間は7月27日~8月12日、そしてラマダンは7月19日~8月18日だった。つまり、ムスリムが太陽の出ている間は飲食ができないラマダン期間にオリンピックが開催されたのだ。当然ながらムスリム選手も出場するため、中東諸国を中心に「開催時期を変更するなど宗教的な配慮ができないのか?」といった声が上がり開催時期を巡って激しい論戦となった。

 コーランでは「あなたがたのうち病人、または旅路にある者は、後の日に(同じ)日数を(断食)すればよい」(2:184)と記載されているため、「オリンピックに出場するためにロンドンへ行っているのだから旅路であり、断食する必要はない」という解釈はできるものの、実際には断食をしたまま競技に臨んだ選手も多数いた。

 一方で、ロンドンオリンピックは史上初めて全参加国(地域)から女子選手が出場する大会となった。それまで男子選手しか代表として派遣しなかったサウジアラビア・カタール・ブルネイの3カ国が初めて女子選手を派遣したのだ。なかでもサウジアラビア代表の柔道選手、ウォジダン・シャハルハニがヒジャーブを被り、髪を隠した状態での出場を国際オリンピック委員会(IOC)から認められたことは、その後のムスリム女子アスリートにとって大きな後押しとなる出来事となっただろう。

 2016年のリオデジャネイロオリンピックでもヒジャーブを着用したまま競技に出場した選手が話題となった。特に注目されたのはアメリカのフェイシング選手 イブティハージ・ムハンマドだ。それまでにもアメリカ代表としてムスリムが出場したことはあったが、ヒジャーブを被って出場した選手は初めてだった。「私がアメリカ代表としてオリンピックで戦うことで、ムスリム女性に対する誤ったイメージを解消できるよう期待している」と語るなど、当時の大統領選でトランプが掲げていた「移民排除」、特に「ムスリム排除」の動きに対抗する多文化共生社会の象徴的な存在となった。

 また、女子ビーチバレーでエジプトとドイツが対戦した際の写真を忘れてはいけない。ビキニ姿のドイツ選手に対し、ヒジャーブで髪を隠し長袖・長ズボンでほとんど肌の露出のないエジプト選手が中央のネットを挟んで対峙する写真だ。一部のマスコミでは「文化の衝突」と表現されていたが、私にはスポーツを通した「新しい時代の到来」に見えた。

 東京オリンピックでは「世界中の人々が多様性と調和の重要性を改めて認識し、共生社会をはぐくむ契機となるような大会」にすることを目標として掲げている。ぜひ、東京オリンピックはアスリートの競技だけでなく、そこで生まれるドラマにも注目してほしい。

ナセル永野(日本人ムスリム)
 なせる・ながの 1984年、千葉県生まれ。大学・大学院とイスラム研究を行い2008年にイスラムへ入信。超宗教コミュニティラジオ「ピカステ」(http://pika.st)、宗教ワークショップグループ「WORKSHOPAID」(https://www.facebook.com/workshopaid)などの活動をとおして積極的に宗教間対話を行っている。

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