【宗教リテラシー向上委員会】 「時代」を弔う者たちへ 波勢邦生 2020年3月11日

 あの日、2ちゃんねるで「地震だああああああ」と打ち込んだ匿名アカウントはそのまま姿を消した。

 その約1カ月前、ネット仲間からの励ましに応じて、悪ふざけで米国からチョコレート2kgを福島県に送付していた。震災から5日目、死んだと思った宛先から返信があった。「直前に届いたチョコは避難所で子どもらに割って配ることができた」――その場で泣き崩れ、ひれ伏して神に祈った。神は知っていたのだ。

 「被災者ではないが、時代の当事者である」、そう祈りながら「震災以後」を過ごし始めた。グレート・リセットの結果「戦後」が終わったと感じた。実際には何も終わらず、何も変わっていなかった。ただ、あれ以来、この国が歪んで軋む音が大きくなった。

2013年10月 浪江町への途上

 先日、批評家・黒嵜想に紹介されて、黒瀬陽平『情報社会の情念 クリエイティブの条件を問う』(NHK出版)を読んだ。黒瀬は「運営の思想」がもたらす情報ディストピアの隘路を切り開くために、「制作の思想」と「運営の思想」の交差点に立ち上がる「クリエイティブ」と「創発性」を、寺山修司、岡本太郎に見出して、あり得た可能世界の両義性からキャラクター論へと転じ、漫画『HUNTER×HUNTER』に触れて、日本美術史を大胆に読み替えようとしている。

 歴史の古層に潜む「キャラクターの力」こそ、科学技術と情報のディストピアにおいて「『別の何処かから来た』巨大な力の正体をとらえ、それをのりこえてゆく未来を描く」ものである。「先の震災で私たちが目のあたりにしたもの……『日本全体が傷つき、痛み、言いようのない叫びをあげた』姿……私たちはその叫びから『集団的だったけれども、異様に孤独な響き』を聞いた」

 読みながら視界が滲む。令和元年「京アニ」事件を思わずにはいられなかった。水と火。テン年代を象徴する東西の悼みに、どのように向き合えるのか。時代を弔うために、どのように立ち続けられるのか。

 ふと聖書の一節を思い出す。使徒ペトロの手紙二3章10節。主の日の到来によって「暴かれてしまう」(新共同訳)、「焼き尽くされる」(新改訳)と訳された語は、異読では「見つけ出される」となっている。もし「見つけ出される」ならば、水と火の破局の跡で何が暴かれて、何を見出せば良いのか。

2012年10月 福島県の海岸部 住宅地

 その一つが「和解」だ。黒瀬が属する現代アート集団「カオス*ラウンジ」は、その作家性ゆえに最初から「おたくの敵」として認知された。ぼくもそう思っていた。しかし、それは誤解だった。彼もまた「時代を弔う」者である。

 あの水と火の痕に「被災者ではないが、時代の当事者である」という言葉は、ときに空しい。「いたみ」は孤独の別名なのだ。しかし、孤独を知っているなら、慮ることはできる。

 時代を弔い「震災以後」を始めるために、宗教に何ができるのか。その一つが、各宗教の古層で生きるキャラクターたちの呼び声に耳を澄ませることだ。伝統の深みで反響する無数の死者と生者の経験、すなわちキャラクターの声を、思想・実践として汲み出すことだ。これは、孤独な作業である。しかし、神の「創造」と「和解」を継承することでもある。

 思想・実践として「ナニカをつくる」ことが、死者と喪失とぼくらの間にある距離を確かめ、新たなものを紡ぎ出す。こうして死者と喪失の意味は、新しくなる。

 震災以後。ぼくらは終わるべきを終わらせ、変わるべきを変えて、見出すべきを抱きしめる。やがて死者となり、「キャラクター」として見出されるだろう。だから言う。行きましょう、主の平和のうちに、ぼくらの時代を弔うために。「祈り」は、孤独に聞き、聞かれることから始まる。ぼくは祈りの力を信じている。

2012年10月 福島県の沿岸部 住宅前

波勢邦生(「キリスト新聞」関西分室研究員)
 はせ・くにお 
1979年、岡山県生まれ。京都大学大学院文学研究科単位取得満期退学。研究テーマ「賀川豊彦の終末論」。趣味:ネ ット、宗教観察、読書。

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