【宗教リテラシー向上委員会】 「隔離」という行為 山森みか 2020年3月21日

 私たちの日常生活を激変させた新型コロナウイルスだが、私が住むイスラエルはかなり厳しい施策を取っている。私は2月22日に日本から戻ったのだが、その時は中国、シンガポール、マカオ、香港、タイ、韓国に過去14日以内に滞在したイスラエル非居住者は入国制限、また入国したイスラエル国民と居住者には14日間の自宅隔離が義務付けられていた。そして24日からは、日本もそのリストに加えられた。さらに感染が判明した人と同じ場所(2m以内)に15分以上居合わせた人も14日間の自宅隔離で、違反すると刑事罰に問われるらしい。

 私は指示どおり保健省のサイトに個人情報、健康状態、同居家族人数や部屋数などを報告した。だが実際にやってみると、自宅隔離を厳密に守るのは容易ではない。居室を分け、部屋から出る時はマスク必須、客は家に入れない等々。何よりまったく症状がないのだから、厳密に守る必要性に疑問も生じる。発熱や咳などの症状が出なければそのまま自宅隔離を14日間続け、症状が出たら特設の電話番号に連絡する。連絡後に専門の医療班が自宅まで来て検査をする流れなのだが、陰性の結果を早く出したいがため症状があると偽ったり、完全装備の医療班が到着するのを友人たちと待ち受けて笑ったりする事例があったらしい。

運転手への感染を防ぐため最前列が着席禁止となったバス車内

 次に懸案となったのが3月2日のイスラエルの総選挙(組閣失敗でやり直し、通算3度目)である。数千人単位の有権者の選挙権を奪うわけにはいかず、結局自宅隔離者専用の投票所が全国で16箇所設けられ、自家用車にかぎって外出移動が認められることになった。しかし初めての事態で現場では大混乱が生じ、後に2箇所の投票所が追加、投票時間も延長された。また報道によると、エルサレムの専用投票所で投票に来た人が「私たちを『ツァラアト』のように扱うな!」と数十メートル先の警官に向かって叫んだという。

 この「ツァラアト」というヘブライ語は、聖書の日本語訳で最も困難な語の一つである。日本におけるハンセン病への差別の歴史がその背景にあるのだが、聖書ヘブライ語におけるこの語は疾病を表すだけでなく、家屋の壁の状態なども意味している。さらに現代ヘブライ語では、この語がハンセン病という特定の病を指していることも問題を複雑にしている。私も突然誰かが玄関に現れたら「私に近づかないでください」と言わなければならないと思っていたので、この言葉を発した人の感覚は理解でき、初めて「ツァラアト」という語が自分のこととして実感された。

 しかし、そのすぐ後に欧州諸国が「危険国」リスト入りし、自宅隔離のイスラエル人の数が飛躍的に増えて10万人単位になった。それまではアジア関係者限定の問題だったのが、自分の家族や友人に関係する身近なことになったのである。そしてついに3月9日、どこであれ海外からイスラエルに入国した人は誰であれ14日間の自宅隔離が決定された。今ではテレビ局が自宅隔離中のイスラエル人を募って、彼らの日常の自撮りを特集し始めている。そこに出てくる人たちは快活に「私は隔離中」と自作の歌を歌ったり、ユーモアを交えて自分の感じたことを語ったりしている。

 ここに至って隔離する側とされる側の「われら」と「かれら」の境界が曖昧になり、誰もがそのどちらにも立ち得ることが明確になった。これは隔離という語がまとう重苦しさをある程度緩和したのではないか。人類が何度も経験してきた感染症の蔓延という大きな禍であるが、隔離という行為のもつ意味について再考するきっかけになればよいと思った次第である。

山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
 やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995年より現職。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。昨今のイスラエル社会の急速な変化に驚く日々。

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