【宗教リテラシー向上委員会】 多様なチャレンジ試みるチャンス 池口龍法 2020年2月21日

 半年ほど前のことである。「コンテナにお寺を作るんです」という得体のしれない話を、ひとまわり年下の浄土宗僧侶・稲田瑞規さんが嬉々とした表情で教えてくれた。昨年10月、二条城南東の式阿弥町にコンテナ19基、長屋3軒からなる「共創自治区CONCON(こんこん)」が誕生した。新しいお寺は、このうちのコンテナ一つを借りて、そこにデザインしていくらしい。私は、クリエイティブな新寺建立のチャレンジが、現実のものになる日を心待ちにしていた。そして、去る3月25日にコンテナ寺院・七万寺(ななまんじ)がめでたくプレオープンした。

 七万寺というのは珍しいお寺名だが、月々7万円の家賃という事情に由来する。今のところ稲田さん含む僧侶4人の開基メンバーが家賃を分担しているが、4月に本オープンして以降は、サブスクリプション方式に切り替えていく予定らしい。つまり、月額の会費を払って支えてくれるオンライン檀家を募っていく仕組みとのこと。会費を払った人は、七万寺の住職としてお寺を利用することもできるという。いわゆる「お寺」というワードから想像されるイメージからはほど遠いが、稲田さんは「『お寺とは何か』を究極までつきつめる実験場にしたい」と語る。

 稲田さんと話していると、精いっぱいの背伸びをしていたかつての自分がフラッシュバックする。「フリースタイルな僧侶たち」というフリーマガジンを発行していた2010年代前半、編集作業の事務所に借りたのは、京都市内中心部のデザイナーズマンションの最上階だった。ご本尊を迎え、トークイベントなどを行う仏間としても活用していた。私も「ゼロからお寺を作りたい」という思いがあった。家賃が10万円ぐらいだったから、コンテナ寺院が七万寺なら、こちらは「十万寺」である。

 そんな風にマウント取り気味に言うと、ずいぶん羽振りよくやっていたと思われそうだが、実際のところは身銭を削りながら家賃を払っていた。まったく若気の至りであった。ただ、そうまでしてでも模索を重ねた日々は無駄ではなかったと、実は今、痛感している。というのも、新型コロナウイルスの感染症対策に世界をあげて取り組んでいる中では、伝統という名の宝刀をかざして有無を言わせず仏事を勤める手法が通じないからである。

 お寺では、3月にお彼岸があり、それが終われば4月8日には花祭り(お釈迦さまの誕生を祝う仏事)を迎える。春めくと共にお寺もにぎわうのが、例年の風景である。しかしながら、本年は違った。檀家さんの多くはご高齢なので、密閉された本堂に参集するのはリスクが高い。お彼岸も花祭りもほとんどが中止するか、檀信徒を招かず僧侶のみで勤められた。まれに法要を動画配信するところもあった。お寺に春がやってこないまま、今に至っている。

 私のところはどうだったか。「密閉された本堂が使えなければ、風通しのいい庭先で法要をやればいい」と考え、従来の法要の形態をあっさりと捨てて屋外で勤めた。たったそれだけの工夫が注目を集め、地元の京都新聞が1面トップで取り上げてくれたほか、テレビニュースでも報道された。これには胸のすく思いがした。冷ややかな視線を浴びながらも、常識にとらわれずに生きてきたことが報われたと感じた。

 新型コロナウイルスとの闘いはまだまだ続く。苦しい日々には違いないが、多様なチャレンジを試みるチャンスだとも言える。戦いを乗り切った先に、コロナ以降の新しい伝統があることを夢見ている。

池口龍法(浄土宗龍岸寺住職)
 いけぐち・りゅうほう 1980年、兵庫県生まれ。京都大学大学院中退後、知恩院に奉職。2009年に超宗派の若手僧侶を中心に「フリースタイルな僧侶たち」を発足させ代表に就任、フリーマガジンの発行などに取り組む(~15年3月)。著書に『お寺に行こう! 坊主が選んだ「寺」の処方箋』(講談社)/趣味:クラシック音楽

連載一覧ページへ

連載の最新記事一覧

TO TOP