【ヘブル語と詩の味わい①】 津村俊夫(『新改訳2017』翻訳編集委員長・聖書神学舎教師) 2020年4月11日

 信仰者の賛美や喜び、時に悲しみや嘆きなど、古来から礼拝や個人の祈りとして唱え続けてきた「詩篇(編)」。日本の詩が韻文やわびさびなど、日本語でないと十分に味わえないように、詩篇にもさまざまなヘブル語特有の修辞技法が編みこまれている。そんな詩であるがゆえに、日本語の翻訳では十分に味わえない詩篇の「かくし味」を、ヘブル語のエキスパート、『新改訳2017』翻訳編集委員長の 津村俊夫氏と共に読み解き、詩篇の魅力をたっぷりとお届けする新連載。

【詩とヘブル語】

 詩の素晴らしさを味わうためには、その詩が書かれている言語特有の詩的表現をよく理解する必要がある。聖書の詩篇(編)は、もともとヘブル語で書かれたものであるから、ヘブル語に特有の詩的表現に注目しなければならないことは当然である。語りや手紙文のような散文の表現に通じていても、詩には「詩の文法」があるのだと、割り切ってゼロから学び直すのがよい。

 一方で、詩は詩人が気まぐれに言葉を操っているので、そこに何かの法則性や文法を見出そうとすることは間違っている、と思う向きもあるかもしれない。詩篇が「好きだ」と言う人の多くは、そこで表されている信仰者の思いや息づかいに共感を覚えるからであって、その構造とか表現の技巧などに魅了されるからと言う人は案外少ない。それは、詩篇をヘブル語で読んだ人が少ないから当然と言えば当然のことである。また、詩というものは読む人が「素晴らしい」と思い、そう感じたら良いのであって、第三者がその読み方についてとやかく言うことではないと考える人がいても不思議ではない。

「竪琴(リラ)を奏でながら歌う女性」(前5ー4世紀。キプロス博物館蔵)

【翻訳された詩

 しかし、外国の詩を翻訳で味わうことはどだい無理である。本来、詩は別のことばに翻訳することが不可能であるからだ。だが外国語の詩であっても、その翻訳がすぐれているなら、その翻訳で十分外国の詩の素晴らしさを味わうことができる。例えば、マザー・グースは、詩人谷川俊太郎が素晴らしい日本語で読めるようにしてくれた。それ自体が日本語の傑作であると言えるかもしれない。

 にもかかわらず、別の言語に置き換えると、詩本来の音声的特徴や文体はまったく別物になってしまう。詩には原文で読んで初めて気がつくような事柄が多くあるが、翻訳だけで読んでいると、原語に特有の詩的表現があることさえ気づかないでいることもしばしばである。

【ヘブル詩の特徴としての並行法

 詩は「反復」(repetition) こそがその特徴だと言われる。それは類似した音の反復であったり、語とか句の反復であったりする。詩篇をはじめとする聖書のヘブル語の詩的表現には「詩行」の反復、すなわち「並行法」(parallelism) という特徴もある。以下において、ヘブル語で詩篇を味わって初めて気がつくことや、翻訳であっても、「並行法」のような、その本来の特徴に気をつければ、ある程度ヘブル詩の豊かな表現を味わうことができることを、詩篇103を中心として学んでいきたいと思う。

【インクルージオ(inclusio:囲い込み)

 詩篇103を読み通して気がつくことは、そのはじめと終わりにまったく同じ詩行が繰り返されていることだ。それは

「わがたましいよ 主をほめたたえよ(1a、新改訳2017)で始まり、

「わがたましいよ 主をほめたたえよ(22c)で終わる。
(聖書協会共同訳では「私の魂よ、主をたたえよ。」)

 このような、詩の始まりと終わりの対応は、インクルージオ(inclusio)と呼ばれ、人間の普遍的な論理的思考から来るもので、文学的・修辞的によく見られるものである。このような文学的「枠」”frame” を「封筒型」(envelope type)構造ということがある。

 しかもこの表現は、詩篇103の1節で用いられた後に、畳み掛けるようにして2節で繰り返されている。それだけではない。次の詩篇104でも、冒頭の節と最後の節で繰り返される。さらに、詩篇集のエピローグとも言える「ハレルヤ*詩篇」(146150) *「主」=[]を「ほめよ」=[ハレル])の冒頭 (146:1)で、「わがたましいよ 主をほめたたえよ。」は「ハレルヤ」に後続して用いられている。この詩行そのものが「詩篇」において「かぎ」”key”となっている。聖書の詩篇が「賛美の書」であると言われる所以である。

 つむら・としお 1944年兵庫県生まれ。一橋大学卒業、アズベリー神学校、ブランダイス大学大学院で学ぶ。文学 博士(Ph.D.)ハーバード大学、英国ティンデル研究所の研究員,筑波大学助教授を経て、聖書神学舎教師。ウガリト語、 旧約聖書学専攻。聖書宣教会理事、聖書考古学資料館理事長。著書に『創造と洪水』『第一、第二サムエル記注解』など。

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