NHK連続テレビ小説『エール』撮影の舞台裏 〝信仰熱心〟な関内家 リアリティへのこだわり キリスト教考証担当 西原廉太(立教学院副院長) 2020年5月1日

 3月30日から放映が始まったNHK連続テレビ小説『エール』。「長崎の鐘」や「栄冠は君に輝く」の他、「六甲おろし」「闘魂こめて」などの応援歌を作曲した古関裕而(ゆうじ)と、妻で歌手としても活躍した金子(きんこ)をモデルに描く、音楽と共に生きた夫婦の物語。福島で生まれ、後に多くの名曲を生み出すことになる作曲家・古山裕一役を窪田正孝、後に裕一と結婚する関内音役を二階堂ふみ、音の父親・関内安隆役を光石研、母の関内光子役を薬師丸ひろ子が演じる。関内家が熱心なクリスチャンの信徒家庭という設定のため、「キリスト教考証」として、脚本・台本についての考証、俳優への演技指導などを担当した西原廉太氏(立教学院副院長)に、本ドラマへの期待、撮影の裏話などを寄稿してもらった。

セット内に「敬神愛人」の扁額
ドラマで描きたいこととキリスト教本来の考えを架橋

 私は本ドラマの「キリスト教考証」者ということで、脚本・台本についてのアドバイス・検討・考証、また、俳優さんたちへの演技指導などで協力させていただいています。関内家が熱心なクリスチャンの信徒家庭という「設定」で、私にお声かけいただきました。主人公の2人が運命の出会いを果たす故郷の教会に、聖歌隊が登場するというシーンがありましたが、立教大学聖歌隊指導者のスコット・ショウ先生にご協力いただき、また、実際に、立教大学の聖歌隊も、ロケ地となった、日本聖公会東北教区・福島聖ステパノ教会での撮影に出演してくれました。この教会は、立教大学校(現在の立教大学)初代校長で建築家としても著名なガーディナー師の助言を受け、英国聖公会宣教師であったスマート師の設計により1905年に建設されたものです。

 また、立教大学の聖歌隊がドラマ中で奉唱していたのは聖歌「いつくしみふかき」でしたが、実は、現在の日本聖公会『聖歌集』「482番」(1956年版日本聖公会『古今聖歌集』486番)と、ドラマが設定されている1920年代の古今聖歌集の「いつくしみふかき」とは歌詞とメロディーが異なります。しかし、「いつくしみふかき」のメロディーが当時、「星の界(よ)」(月なきみ空)という歌詞が付されて、中学唱歌にも採り入れられていたことから、この曲自体は一般にも良く知られていたこともあり、ドラマ上、「482番」をそのまま歌ってもらいました。

 4月7日などの放映では、主題歌のバックに「立教大学聖歌隊」や私の名前もクレジットしていただきましたが、教会で運命の出会いを果たしていた裕一と音の大切な場面と、音の家族、関内家の様子、豊橋の教会でのオペラ歌手双浦環との出会いが描かれました。1920年代当時の立教大学聖歌隊は全員男性でしたので、設定上は、京都・平安女学院の聖歌隊ということにさせていただきました。実際に1920年代に女子のみによる聖歌隊が存在していたかどうか調べたところ、1923年当時の、平安女学院の、キャソックに白のコッターをつけている聖歌隊の写真が入手できたためです。実際に出演してくれたのは、もちろん立教大学諸聖徒礼拝堂聖歌隊の女性メンバーです。聖歌「いつくしみふかき」の収録自体は、昨年8月10日に渋谷のNHKスタジオで行われました。その際は、「いつくしみふかき」の他に、「きよき岸辺に」(日本聖公会『聖歌集』518番)も収録され、映像の中でも歌われました。

 今回、関内家は熱心なキリスト教信徒家庭、しかも聖公会の信徒という設定になりました(実際モデルとなった金子さんの内山家はそうではありません)。そのようなわけで、NHK渋谷スタジオに作られた関内家のセットには、映像では確認しにくいですが、さまざまなキリスト教・聖公会アイテムが存在しています。関内家の朝食シーンの中で、お父さんの安隆が「食前の感謝(祈り)」をする場面がありました。映像では、「主よ、この食卓を祝し給え。アーメン」と十字を切りながら唱えていただきましたが、当初の提案としては、大正期の文語体の祈りで、「主、願わくは我らを祝し、また主の御恵(おんめぐ)みによりて我らの食せんとするこの賜物(たまもの)を祝し給え。我らの主、イエス・キリストによりてこい願い奉る。アーメン」というものでしたが、さすがに長いということで短縮バージョンとなりました。実際のNHKスタジオでの収録の際には、光石研さん(父・安隆)、薬師丸ひろ子さん(母・光子)、子役の清水香帆さん(音)、本間叶愛さん(吟)、新津ちせさん(梅)に演技指導をさせていただきました。十字の切り方や、アーメンの唱え方などが中心でしたが、子役の子たちには、アーメンの語尾をあまり下げると「ラーメン」になっちゃうよ、などと楽しい収録でした。

 柴咲コウさん演じる、オペラ歌手、双浦環(世界的に活躍した三浦環がモデルです)が登場した豊橋の教会のシーンは、現在は明治村に移築された、やはり日本聖公会の京都聖ヨハネ教会でロケが行われました。当初、NHKさんは、双浦環が歌う歌に「夜の女王のアリア」を想定されておられました。しかしながら、私からは、「夜の女王のアリア」は、この歌詞が復讐、呪いであることと、フリーメーソン、グノーシスといった正統キリスト教とは正面から対立する異端的なモチーフであるため、わざわざ教会で歌われることはまずない点を申し上げ、「アヴェ・マリア」などか、オペラであれば、「ジャンニ・スキッキ」の「私のお父さん」、「蝶々夫人」の「ある晴れた日に」、サン・サーンスの「サムソンとデリラ」などが良いのではと提案させていただいたところ、実際の映像では、「私のお父さん」が歌われました。

 放映直後、NHKに、視聴者の方から、「カトリックとプロテスタントが混同されているように思います。教会堂の形はカトリックですが、内部はプロテスタントです。歌われている聖歌(讃美歌)はプロテスタントのもの、食前の祈りの場面で。お父さんが十字を切りますが、これはカトリックです。ここまでは時代によって違いがあるかもしれませんが、聖歌隊が歌い終わったときに会衆が拍手することは、カトリックでもプロテスタントでも絶対にありえません」というお問い合わせがありました。私(NHK)からは、以下のようにご回答させていただきました。

 「連続テレビ小説『エール』をご覧いただきありがとうございます。ご指摘いただきましたキリスト教の場面ですが、関内家は、聖公会(英国国教会系)のクリスチャンという設定です。聖公会はローマ教皇の教導権から16世紀英国宗教改革によって独立したという点ではプロテスタントですが、聖堂建築や礼拝式、聖職信徒の所作等はカトリックの伝統を保持しています。また、聖歌隊が歌い終わって拍手する場面ですが、注意してご覧いただければ分かりますが、これは「礼拝」ではなく、あくまでも教会を会場にした聖歌隊によるチャリティー奉唱会という設定です。実際、当時のミッションスクールの聖歌隊は各地の教会等を訪問してコンサートを開催しています。これは信徒のためだけではなく、広く地域住民に開かれるものであり、演目も、聖歌のみならず、文部省唱歌的な歌など、一般の人々にも馴染みのある曲を積極的に歌いました。聖歌も「きよしこの夜」など有名な曲が良く歌われていました。聖歌隊の演奏後、通常のコンサートのように、一般市民も含めた聴衆から大きな拍手を受けることがありました。どうぞよろしくお願いいたします」

 熱心な視聴者がおられることは感謝です。考証というのは、こうしたアフターフォローもしっかりしなければならないのだと、あらためて自覚させられた次第です。

 実は、『エール』で、私が一番気に入っているのは、父、安隆が音を励ます場面での、安隆のこの言葉です。

「人には、みんな役割がある。誰もが主役をやれるわけじゃない。だけど、主役だけでも、お芝居はできん。必ずそれを支える人がいるんだ」

 この言葉にこそ、私たちが最も伝えたいメッセージが込められているように思うのです。

 4月8日の放映では、大阪で子どもを助けて電車にはねられてしまった父、関内安隆の死を悲しむ家族の姿が表現されました。ドラマとしても、あまりにも早い死に、おそらく視聴者のみなさんもびっくりされたのではないでしょうか。私も正直、もう少し生きていて欲しかったです。けれども、母、光子が子どもたちに「お父さんは、いる。目には見えないけど、ずっとあなたたちのそばにいる」と語りかけたように、父が伝えようとした生き方は、きっとこれからも、音たちの人生の大切な場面で繰り返し確かめられることになります。

 光子の「目には見えないけど、ずっとあなたたちのそばにいる」という言葉には、彼女の深い信仰が滲み出ています。

 背景設定としては、関内家は熱心な聖公会(英国国教会系)の教会信徒家庭ということになっていますので、安隆の葬送・告別式は、地元の聖公会の教会で行われたはずです。時代考証としては、果たして1920年ごろに、関内家が住んでいた愛知県豊橋に、実際、聖公会の教会があったかどうか、という点がポイントになりますが、確かにありました。

 日本聖公会中部教区「豊橋昇天教会」が、1918年に当時の新川大字市南に建てられ、1945年6月19日、戦災によって全焼するまで、200名近い信徒数を持つ、賑やかな教会として存在していました。豊橋昇天教会は、戦後1949年に、豊橋市八町通に再建され、現在に至っています。日本聖公会の教会は、英国教会から二つの宣教協会(CMS、SPG)と米国聖公会の、主要には三つの宣教団体によって据えられましたが、愛知・岐阜・長野・新潟をカヴァーする中部教区のみ、カナダ聖公会の宣教により創立されました。

 『エール』の実際の豊橋方面ロケでは、結局、戦前の聖公会の教会聖堂での撮影ということになり、中部教区圏内の愛知県にある「博物館明治村」の、日本聖公会京都教区「京都聖ヨハネ教会」の旧聖堂=写真上=をお借りした次第です。

 葬送・告別式は、日本聖公会の『祈祷書』に基づいて行われたことになりますが、当然、参列していた家族も日本聖公会『祈祷書』で祈りました。当時の日本聖公会では、1895年に初版、1918年に第28版が出版されている『日本聖公會 祈祷書』が使用されていましたので、光子も同祈祷書の中の式文にしたがって祈ったはずです。この祈祷書の347頁には、このような祈りがあります。

「我らの主イエス・キリストの父、あはれみ深き神よ。主イエスは我は復活(よみがへり)なり。生命(いのち)なり。凡て我を信じる者は死ぬとも生きん。凡そ生きて我を信ずる者は永遠(とこしへ)に死なざるべしと教え」

 この祈りを悲しみの内にも唱えた光子の、すべてを主に委ねつつ、肉体は滅んでも、魂は主と共に永遠であるという信仰が、「目には見えないけど、ずっとあなたたちのそばにいる」という、子どもたちへの言葉を生み出した、ということです。

 映像の中で、光子が、安隆の遺影を前に、語りかける場面がありました。この遺影が置かれていた白布の奥には、実は、関内家の代々の仏壇があります。当初、NHKからは、仏壇の中に、遺影と十字架を置いても差し支えないかとのお尋ねがありました。私は、安隆や光子の信仰の深さから考えると、仏壇は仏壇として、光子は、安隆のために、別に特別に台を用意し、その上に遺影などを置かれた、とした方がむしろ自然ではないかと提案申し入上げ、実際、そのようにセットを製作していただきました。ちなみに、この白布の上の十字架左側にある、背表紙に十字架が刻まれた書物は、本物の『日本聖公会 祈禱書』です。本来は先ほどご紹介した、1918年改訂版が正しいのですが、サイズが少し小さいのと、少々地味なこともあり、今回の撮影では、私の私物である1938年版『日本聖公会 祈禱書』をお貸ししました。この祈祷書は、今後の撮影でも使用される可能性があるため、まだNHKにお預けしたままです。

 薬師丸ひろ子さん演じる光子が、この白布の上に、安隆が大好きだったお団子を乗せる場面がありました。このシーンは、作家がどうしても挿入したいものだということで、当初は、白布台の真ん中に置かれる設定になっていました。しかし、私からは、それでは、視聴者にいわゆる仏壇の供物に見られてしまう可能性があり(キリスト教には供物の伝統はありません)、一緒にお団子を楽しんでいるといった自然な流れで、かつお団子を置く位置も真ん中ではなく右端にしては、とご提案申し上げたものです。ドラマでどうしても描きたいことと、キリスト教本来の考え方の差異を、いかに埋めるか、埋め切れなければ、その差異をどのように架橋するかといった問題は、今回、初めて、本格的に「考証」という働きを経験して、学んだことでした。

 そういう意味では、豊橋の伊古部海岸で撮影された、子どもたちと一緒に遺灰の一部を散骨する場面も、なかなか悩みました。これもドラマ的には不可欠ということでしたが、キリスト教にとって散骨は、極端に立場が分かれるところで、現代でも、例えば、日本カトリック司教協議会は、「汎神論者、自然主義者、虚無主義者の類のあらゆる誤解を避けるために、遺灰を空中、地上、水中、もしくはその他の方法で撒くことは許されません」とする一方、欧米のプロテスタント諸教会では、最近では散骨を選択される方も非常に多くなっています。日本のプロテスタント教会でも「海洋散骨」を積極的に行っている教会もあります。聖公会は、ここでも多様な考え方を内包しており、例えば、日本聖公会の信徒の方で、ご遺族の遺灰の一部をイタリアなどの巡礼地や海上で散骨される場に立ち会ったこともあります。今回、最終的には最もシンプルかつ美しい形で、むしろ光子が魂の平安を祈り、子どもたちもその母の姿に祈りを合わせる、という場面を強調していただきました。映像でも、光子役の薬師丸ひろ子さんの祈る姿は、本当に美しく、素晴らしかったです。

 NHK渋谷スタジオでの演技指導の際、控えで、薬師丸ひろ子さんと、安隆役の光石研さんと、3人で出番を待つという、何と表現して良いか分からない時間をしばし過ごしたのですが、その時に、薬師丸さんは、キリスト教のお祈りは、ご出身の日本基督教団原宿教会付属、原宿幼稚園時代以来だとおっしゃっていました。光石研さんはたいへん優しく謙虚な方で、ちょうど私が前夜に観た映画『パッチギ』(主演の女優さんが逮捕されてしまった直後で、なぜかまた観たくなったのでした)の中で、熱血社会科教師を演じていたのが、若き光石研さんであったこともあり、そんな話題で盛り上がりました。関内家三人姉妹とも、子役とはいえオーラが違いましたが、特に、末っ子の梅役を演じているのが、新津ちせさんで、映画監督の新海誠監督のお嬢さんであり、「パプリカ」を歌い踊る「Foorin」というグループの最年少メンバーであることを、何と帰宅後、台本で確認して知りました。収録の待ち時間に、子役のみなさんに、「みんなも将来有名になるといいね!」などと軽口を叩いたことを、恥じ入った次第です。何せ、収録の翌月には、「Foorin」は紅白歌合戦に出演するは、レコード大賞を受賞するはで、すでに超有名だったのですから。

 その他、関内家のセットには、キリスト教のアイテムが、実はしっかり作り込んであるのですが、その一つに、「扁額」(へんがく)があったのに気づかれたでしょうか。「扁額」とは、建物の内外や門・鳥居などの高い位置に掲出される額のことで、伝統的には、「大悲救世」や「和国救主」など、仏教由来の四文字が揮毫(きごう)されることが多いものです。関内家がキリスト者家庭ということで、NHKから何か良い言葉がないかと依頼があり、最終的には、日本や中国、韓国といった漢字圏のミッションスクールの多くで、「建学の精神」として大切にされている「敬神愛人」という言葉を推薦しました。文字通り、「神を愛し、神を敬い、人を愛せよ」というイエス・キリストの中心的な教えを表現したものです。実際「敬神愛人」という扁額は、日本各地のミッションスクールやキリスト教関連施設に掲げられています。今回、NHKの美術担当者が、たいへん立派な「敬神愛人」の扁額を製作してくださり、実物を拝見して感激しました。収録終了後、可能であれば頂戴したいと、本気で思いました。

 今回、「考証」という仕事に携わり、NHKがいかに緻密に、ほとんど本番の映像には映りもしないような細部に至るまで、こだわりを持って誠実に制作されているかを知り、感銘を受けると共に、多くのことを学ばせていただきました。第16週、17週あたりから、再び手伝わせていただいています。ぜひ、これからも「エール」をお楽しみいただければ幸いです。

 にしはら・れんた 1962年京都生まれ。京都大学工学部金属工学科、聖公会神学院神学部卒業。立教大学大学院文学研究科組織神学専攻博士前期課程修了。日本聖公会、執事、司祭、牧師を経て、立教大学文学部キリスト教学科専任講師、助教授、教授を経て現職。世界教会協議会(WCC)中央委員、聖公会―ルーテル教会国際委員会(ALIC)委員、世界聖公会大学連合会(CUAC)理事など多数の委員・役職を兼務。著書に『聖公会が大切にしてきたもの』(聖公会出版)、『神学とキリスト教学――その今日的な可能性を問う』(共著、キリスト新聞社)、『現代に活きるキリスト教教育』(ドン・ボスコ社)など。

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