【宗教リテラシー向上委員会】 「預言カフェ」の挑戦(4)十字架なき福音!? 川島堅二 2020年5月21日

 ディズニーランドの人気アトラクション並みの行列ができる(コロナ禍の現在「できた」と過去形でいうべきかもしれないが)「預言カフェ」についてすでに3回にわたって書いてきた。書き始めた時から最終回は「十字架なき福音!?」というタイトルで書くことに決めていた。

 このカフェを運営するアライズ東京キリスト教会の日曜礼拝は毎週ネットで配信されており、誰でも簡単に視聴できる。そこには多くの伝統的な礼拝を構成する要素、「讃美」「祈り」そして「聖書朗読」と「説教」がある。しかし、「イエスの十字架による救い」「贖い」「罪のゆるし」「贖罪」といった通常のキリスト教会であれば説教や信仰告白の中心的内容を、ほとんど見出すことができない。

 この教会のホームページには次のような「教会のビジョン」が掲げられている。「五役者の働きにより、人が神に出会い、キリストに似た者と変えられるための宣教と御力の現れを実践するプロテスタント教会」。「五役者」とは、「(キリストが)ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を福音宣教者、ある人を牧者、教師としてお与えになりました」(エフェソ4:11)という新約聖書のことばに由来するが、これはこの教会の「預言者」養成の聖書的根拠でもある。

 この「五役者」の働き・宣教の目標「キリストに似た者に変えられる」、このことに異議はない。しかし、伝統的な教会はその前提としてキリストの十字架による救い、罪のゆるし、贖罪を、福音の不可欠の内容として語ってきた。それがこの教会からは聞こえてこないのだ。

 ホームページのトップにある牧師あいさつに掲げられた二つの「真実」

1. 神に主権がある。神の計画のようになる。
2. 私たちが願い求めるとき、神の判断によって神ご自身がそれに応答してくださる。

ここにも「十字架」への言及はない。

 このような教会のあり方について、長年にわたりキリスト教の「異端・カルト問題」に取り組んできたウイリアム・ウッド氏は「ニューエイジ思想」との類似を指摘する。

 「これは、汎神論と多神教を合わせた思想であり(中略)基本的には、人は神の部分であり、神と一つなのだから、輪廻転生を繰り返しつつ、霊的に向上する、つまり神になる、というのだ。最も大切なのは、神なる自己に目覚めること」(ウイリアム・ウッド著『日本の教会に忍び寄る危険なムーブメント』)

 ウッド氏が批判するのは「預言カフェ」もまたその影響下にあるNAR(New Apostolic Reformation=新しい使徒的宗教改革)運動である。世界最大級のメガ・チャーチの多くは、NARの影響を受けているという。「預言カフェ」の背後に、そうした宗教運動があるという批判には耳を傾けるべきだろう。

 新型コロナウイルス禍という非常事態に直面して、「預言カフェ」もまた危機に直面している。営業自粛による来客の激減で収入が減少、東京の高田馬場と赤坂2店舗の家賃が教会に重くのしかかっているからだ。

 福音書は、何千人もの群衆に取り囲まれるイエスの姿、文字通りディズニーランドの人気アトラクション並み、あるいはそれ以上の行列ができるイエスの活動を一方で伝えながら、「十字架」を前に、群衆はおろか弟子たちからも見捨てられたイエスの姿を伝えている。そのいずれもがイエスの真実なのだ。

 そういう意味で「預言カフェ」の挑戦は、これからが正念場なのかもしれない。

川島堅二(東北学院大学教授)
 かわしま・けんじ 1958年東京生まれ。東京神学大学、東京大学大学院、ドイツ・キール大学で神学、宗教学を学ぶ。博士(文学)、日本基督教団正教師。10年間の牧会生活を経て、恵泉女学園大学教授・学長・法人理事、農村伝道神学校教師などを歴任。

【宗教リテラシー向上委員会】 「預言カフェ」の挑戦(3)「預言」が当たるワケ 川島堅二 2020年4月1日

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