【東アジアのリアル】 中国と香港における「栄光」のゆくえ 松谷曄介 2020年6月1日

 国家政権転覆扇動罪に問われていた四川省成都の家庭教会の王怡(ワン・イー)牧師に対して、昨年末、懲役9年の実刑判決が下された。50年代、中国共産党の指導下にある三自愛国教会への加盟を断固として拒否した伝道者・王明道(1900~1991年)が、非愛国的であるとして「反革命罪」となった事例があるが、今回の王怡牧師の罪状は、実質的には王明道に対するものと同等のものと言える。

 では、中国大陸において愛国的であるキリスト教とはいかなるものなのか。今年4月に蘇州の三自愛国教会のある若手女性牧師の任職式の様子がネット上で話題を呼んだ=写真。式の中で講壇の上には中国国旗が立てられ、その牧師は左手を聖書の上に置き、右手を拳にして上げ、こう宣誓する。

 「私は〇〇教会の副主任牧師の職務を担うことを志し、中国共産党の指導を堅く擁護し、社会主義の核心的価値観を実践することに努力し、常に三自の原則を堅持し、組織の決定に自覚的に服従し、使徒的伝統を守ること受け入れ、力を尽くして聖書の教えを忠実に行い……」。中国において求められている愛国とは、中国共産党を政治的に支持し、要は「党の栄光」を称えることなのだ。

 香港教会には中国式の愛国主義はまだ入りこんでいない。とはいえ、中国大陸の政治的圧力が強まり、一国二制度の危機と言われている状況下にあって、やがて香港教会にも同様の愛国が求められるのではないかという不安は拭えない。97年の返還以来、すでに香港のキリスト教学校では、中国国歌に合わせて国旗掲揚が行われるようになっている。現在、香港では「国歌条例案」が大きな論争となっているが、やがて教会にも国旗・国歌が義務づけられる日がやって来るのだろうか……。

 香港という独特の都市の市民である多くの香港人にとって、「国民」という意識は元々高くない。だからこそ、中国政府は国旗・国歌の浸透を目論んでいるわけだが、2014年の「雨傘運動」や昨年来の「逃亡犯条例案反対運動」などの民主化運動を通して香港人アイデンティティーを強く持つようになっている市民にとって、中国の国旗・国歌は、ますます受け入れがたいものとなっている。

 こうした一連の民主化運動の中で誕生した「香港に、栄光あれ」(原題:願栄光帰香港、英語題:Glory to Hong Kong)という歌がある。これまでも、香港民主化の定番テーマソングと言われるものがいくつかあったが、この新曲は作詞・作曲者が世界各国の国歌をよく研究し、多くの人が共感して歌いやすい工夫がなされており、市民の間に一気に拡散し、大きな勇気と団結を与えている。大型デパートの吹き抜け空間を利用しての大合唱が流行したが、人々は胸に手を当て、涙を流しながら「夜明けだ、取り戻せ香港、正義の時代の革命。民主と自由、永遠に。栄光あれ、香港♪」と、新しい「香港の国歌」を共に歌うのだった。

 香港教会においては、「栄光は神にのみ帰するものだから、この歌はふさわしくない」という批判的な反応も一部あるが、筆者の見るところ、この歌に共感を覚える香港人キリスト者は決して少なくない。確かに礼拝やミサでこれ歌うことは望ましいとは言えないが、キリスト者は「天には栄光、神にあれ。地には平和、御心にかなう人にあれ」というあの天使の歌を聴きながら、民主・自由といったこの地上での平和の中にも神の栄光の輝きあれ、と祈り願ってもよいのではないだろうか。

 歌の歌詞にはすでに多くの日本語訳があるが、最近、原曲に合わせて歌えるようになった訳詞(YM with friends訳)がある。神の栄光が香港、中国、世界にあれとの祈りを込めながら、私は日々、この歌を口ずさんでいる。

松谷 曄介
 まつたに・ようすけ 1980年、福島生まれ、国際基督教大学、北京外国語大学を経て、東京神学大学(修士号)、北九州市立大学(博士号)。日本学術振興会・海外特別研究員として香港中文大学・崇基学院神学院で在外研究。金城学院大学准教授・宗教主事、日本基督教団筑紫教会兼務教師。専門は中国近現代史、特に中国キリスト教史。

 

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