求められる「新しい信仰様式」 上智大同窓会企画 神父2人がオンラインで対談 片柳弘史×晴佐久昌英 2020年7月1日

 新型コロナウイルス感染の影響で中止となった上智大学ソフィア会(在学生、卒業生による同窓会組織)主催のホームカミングデイ「All Sophians’ Festival(ASF)」に代わり、世界中の同窓生らをつなぐイベント「Net de ASF 2020」(豊田圭一実行委員長)が5月31日、オンライン上で開催された。延べ7時間半以上にわたるプログラムはYouTubeなどで生配信され、当日だけで1万2000人以上が視聴した。

 午後のプログラムでは、多数の著書で知られる片柳弘史(イエズス会司祭)、晴佐久昌英(東京教区司祭)の両氏が「不安な時代をどう生きるか」と題して初めて対談し、コロナ禍での体験やその中で見出した新しい教会のあり方などについて語り合った。一部を抜粋して掲載する。

ウイルスがもたらした「恵みの課題」
〝良いことが始まろうとしているという希望〟

――活動が制限された中で神父様たちが実践されたことやこれから試みたいことはありますか?

片柳 先が見通せない中で、とりあえず今、何ができるかということを考えながら進んでいるというのが現実だと思います。当初、教会の先のことが見えないからどうしよう、困ったなあと思っていたんだけど、でもやっぱり身近で困っている人がたくさんいるんですよね。今、現に家の中で閉じこもってストレスに押しつぶされそうになっている人たちや、ひとりぼっちで取り残されている高齢者のみなさんとか、そういう人たちがいるという現実を見て、その人たちのために何ができるかを考えようと発想を変えました。

 そうやってみていくと、やれることがいくらでもあるんですよね。ミサがなかった間、毎週、説教とか教皇様の言葉の今週のダイジェストとか、私が教会の庭で撮った写真と言葉を組み合わせて作ったカードとかそういったものを、分厚い封筒で高齢者も多い信徒の方々に送ったのですが、みなさんとっても喜んでくれました。

晴佐久 以前から教会のすぐ近くに路上で生活されている方がいて、僕は敬意も込めて「最寄りさん」と呼んでいるんですが、この「最寄りさん」に、神学院生と協力して、自分たちが毎日食べている食事をなるべく作り立てのうちにお届けすることにしたんです。幸いとっても喜んでくれていて、つい数日前も、「いつもありがとね。おいしいよ」と言ってくれたんですよ。「ありがとね」と言われたくて続けているわけじゃないですけど、ほんの少しでも近づけた感じで、本当に嬉しかった。

 路上の人に限らず、向かいの引きこもり青年でも、隣の一人暮らしの高齢者でも、「最寄りさん」はいくらでもいるはず。みんながそれぞれの「最寄りさん」に寄り添えば、あっというまにこの世界は神の国に変わるんじゃないですか。

 私たちはどうしても大きな活動に目が行きがちだし、「なるべく多く、1箇所に効率的に集めて」みたいなことになりがちですけど、福音宣教の方法も、今までのように「教会に人々を密に集めて教える」のが難しいこういう時代には、「信徒がチームを作って、身近な一人ひとりに、ゆっくりと丁寧に、ちゃんと関わる」というあり方を大切にしたほうがいいと思う。最近よく「新しい生活様式」とかって言われてますけど、「新しい信仰様式」こそが求められているな、という気付きがありました。

――ある意味、全世界の人々が新型コロナウイルスという敵に立ち向かうために、やはり団結するしかないと思います。

晴佐久 その通りなんですけど、本当に団結するためには、「コロナは敵」というイメージにとらわれすぎない方がいいような気もする。ウイルスだって被造物で、神の御手の内にあるわけだし、もちろんそれで命を落とす人はいますけど、この世界はもとよりそういうリスクをはらんだものですし、人類が成長していくために役立っている面もあるはずです。

 今回、こんなに普遍的にみんなが思いを共有したし、それによって団結出来て、よりよい世界に変えていけるのだとすれば、ウイルスにも摂理が働いているわけで、僕はむしろ「恩寵のウイルス」と呼びたい。もちろん、ちゃんと対策を怠って感染したり、命を落とすようなことは避けなければならないのは当然だけれども、キリスト教はやっぱり、「それでもこれは良いことの始まりなんだ」という希望を語らなければならないでしょう。神様のみ心としては、これは単に人類に苦難や恐れを与えるためのウイルスではなくて、「さあ、あなたたちはこのウイルスを、どのように素晴らしいものに変えていきますか?」という問いかけとして与えた、恵みの課題のようなものではないかと。

――神様は乗り越えられない試練は与えないと言われる中で、たいへんな時代を前向きに生きるには、どのような考えを持てばいいでしょうか。

片柳 ポジティブにということで言えば、できなくなったことも多いけれど、できることもまだたくさんあるという見方ですね。先ほど「新しい信仰様式」ということを晴佐久神父様がおっしゃいましたが、私も新しい信仰の形の中で、新しい宣教の形が作り上げられていくのかなと思っています。たとえば、いま方々で「テレワーク」への移行が話題になっていますが、究極のテレワークは祈りだということです。お祈りをすることによって、外に出なくても相手のために何かしてあげることができるわけです。そして、私たちがささげる祈りというのは誰かに向けてささげられた愛なわけですから、その愛を神様がしっかりと受け止めて、神様の愛と一つになった私たちの愛がこの世界を包んでゆく。そして、どんどん世界を変えてゆくという、ダイナミックな変化が起こっていくときなのかなと私は思っています。教皇様の呼びかけで行われた、全世界一斉のロザリオの祈りにオンライン参加する中でそう思いました。

 そして祈る中で、身近なところに困っている人がいる、あの人がこんなことを言って嘆いていたとか、そんなことを思い出したら、じゃあ、あの人にあれをしてあげよう、これをしてあげよう、というようなことがどんどん見つかって、そういうことの積み重ねの中で、これまでとは違った形での「新しい宣教様式」が少しずつ築き上げられていくのではないかと思っています。それがポジティブな受け止め方ということですね。

 それから、Zoomというテクノロジーですが、意外と相手の顔がよく見えるんですよね。人数にもよりますが、例えば15人前後の会であれば、みんなの顔が同時に見える。最大のメリットとして、場所の制約がないんですよね。どんなに離れた場所にいても、同じ一つの部屋の中で一緒にお茶を飲んでいるような感覚。これはこれで使い方があるのではないかと思いました。もちろん、顔を合わせて出会うのが一番だと私も思っているんですが、このコロナ禍の時代を考えると、いろいろ可能性はあるかなと。

晴佐久 人類は他者に共感して、愛する人のために犠牲を払うことで生き延びてきたわけですから、お互いに「この人と出会えてよかった」とか、「この人と苦しみを共有したい」とか、「本当に辛いときは、必ず助け合おう」と言える、そういう共同体が絶対に必要だとみんな分かっているはず。目先の利害関係だけ追い求めたり、それこそただのサロンみたいな教会で噂話をしているだけとかで、ちゃんとした人間関係を作っていないと、コロナの思うつぼです。信者であろうがなかろうが、そこにあなたがいるだけで嬉しいと言い合えるような温かいコミュニティを持っている人が、コロナの時代にはとっても強いんです。感染しても隠さずに言えてケアし合えるし、濃厚接触者もすぐ分かるし。

 今この対談を見ている人で、現実に辛い思いをしていたり、苦しい思いをしている人たちもたくさんおられるでしょうが、とても良いことがいま始まろうとしている、そういう希望だけは持ち続けてください。こうしてこの画面でつながっているだけでも、これはもう神様が出会わせてくださっているんだと信じて、心に火を灯していただきたいなと思います。

――ありがとうございました。(司会 鈴木真理子、横山凪)

*対談の全文にお二人からのコメントを加えて書籍化の予定です。ご期待ください。

【書評】 『福音家族』 晴佐久昌英

【書評】 『あなたはわたしの愛する子 心にひびく聖書の言葉』 片柳弘史

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