【空想神学読本】 救世主として帰還した破壊者、AKIRA Ministry 2019年9月・第42号

 『AKIRA』は80年代のSF漫画である。88年にはアニメ映画にもなった。本作は30年以上経った今もカルト的人気を誇り、世界中にファンを擁している。2018年のスピルバーグ監督作『レディ・プレイヤー1』に、本作の主人公・金田のバイクが登場したのも記憶に新しい。

 『AKIRA』の舞台は奇しくも2019年の東京だ。翌年に東京オリンピックを控えた設定が現実と一致したのも興味深い。原作者である大友克洋の「予言」的中である。

 約30年前、東京は謎の大爆発で壊滅した。「ネオ東京」として復興を遂げた今も、反政府ゲリラが爆破テロを繰り返し、暴走族が跋扈し、不満をくすぶらせた市民による暴動が日常茶飯事となっている。終末感あふれる世界観だ。

 本作がつくられた80年代は東西冷戦の後期に当たる。核戦争の脅威が叫ばれ、「世界の終わり」がリアルに感じられた時代だった。幼かった私は「核の冬」の荒廃イメージをテレビで見せられて、非常に恐怖した記憶がある。『AKIRA』はそのような終末的世相を反映した作品でもあった。

 本作のタイトルでもあるアキラは約30年前、政府の極秘実験によって超能力を発現させられた少年だ。しかし強大すぎるその「力」を制御できず、東京を壊滅させるほどの大爆発を起こしてしまった。危険すぎる彼は政府によって封印され、オリンピックスタジアムの地下深くで眠らされることとなった。

 そのアキラは本作においては脇役である。映画版ではほんの数秒しか姿を現さない。まったく謎の存在だ。わかるのは約30年前に東京を壊滅させた「破壊者」であるということだけ。目的も何もわからない。

 しかしかつて「破壊者」であったアキラは、本作では最終的に「救世主」としての姿を表す。超能力の暴走を止められなくなった島鉄雄を、最終的に別世界に連れ去るからだ。かくして東京は再び壊滅するが、世界規模の滅亡は免れた。

 アキラの存在はキリストと重なる。ネオ東京の人々がアキラに求めたのは現政府の転覆であり、革命であった。1世紀のユダヤ人がキリストに「革命家」の理想を抱き、ローマ支配からの解放を求めたように。しかしアキラの目的もキリストの目的も、一地域の変革でおさまるものではなかった。

 現状に不満があり、なんとか打破したいが、どうにもできない。そんな鬱屈が蓄積した人々は、時としてアキラやキリストのような超越的な存在を欲する。『アベンジャーズ』のようなヒーロー映画が好まれるのも、現在のポピュリズムの世界的拡大と無関係でないだろう。

 しかし人々にとって超越的な存在とは、時として自分たちの願望を実現するための都合のいい道具に過ぎない。その意味でアキラもキリストもただ利用されるだけの存在だった。そこに人間の身勝手さや傲慢さがある。アキラによる2度目の東京破壊やキリストの十字架刑は、そんな人々の浅はかな期待を打ち砕くものだった。

 現在、キリスト教界の一部で「繁栄の神学」なるものが流行している。信仰深い者は神の祝福に与り、精神的のみならず物質的にも豊かになれる、というご利益主義的神学だ。これはキリストを都合よく利用しようとする試みに他ならない。人の心はいつの時代も変わらないと言える。

 原作の最後、若者たちは「大東京帝国AKIRA」を立ち上げ、「アキラは自分たちの中に生きている」と主張して去って行く。超越的存在に社会を変革してもらおうと期待するのでなく、自分たちでより良い世界を作っていこう、というわけだ。これはキリストの内住を信じるキリスト者たちが、「神の国」の実現を目指して社会に出て行くのとどこか似ている。

 単純な勧善懲悪物語が量産された80年代において、『AKIRA』はそのアンチテーゼとして、完全な善人も完全な悪人もいない、暴力と腐敗と友情と自己犠牲の寄せ鍋的「辛口」作品として登場した。中学時代の私には毒が強すぎて意味が十分わからなかった。しかし今見るとキリスト教信仰と類似点の多い、福音的な側面を持ち合わせた物語であるとわかる。

 さて、あなたの目にはどう映るだろうか。

(フリーライター 河島文成)

【作品概要】 AKIRA

 第三次世界大戦後、東京オリンピックの開催を控えた「ネオ東京」を舞台に、職業訓練校生の金田が、バイク事故から収監された仲間の鉄雄を取り戻すために奔走する。鉄雄が接触したのは、極秘裏に能力を開発、管理、育成されていた不思議な「少年」だった。自らの能力に覚醒し、凶暴化する鉄雄と彼の力を抑え、または利用しようとする軍、科学者、反政府ゲリラなどが入り乱れる中、かつて世界を破滅に導いたアキラが甦る。

 1988年にアニメ映画化、ゲーム化され一大ブームを巻き起こし、2002年にはアメリカで最も権威ある漫画賞の一つであるアイズナー賞を受賞。本格SFアクションの傑作として今なお高い支持を得ている。

■作者:大友克洋
■発行年:1982年~1990年
■掲載誌:週刊ヤングマガジン
■巻数:全6巻(84~93年)
■発行部数:国内累計300万部(2016年)
■出版社:講談社

【Ministry】 鼎談「今ドキの神学校事情」/ルポ「たとえばこんな牧師のカタチ」 42号(2019年9月)

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