【ヘブル語と詩の味わい⑪】 三行詩(3)「拡大詩」津村俊夫(『新改訳2017』翻訳編集委員長・聖書神学舎教師)

ヘブル詩の三行詩の中で、ウガリト詩の研究の進展とともに注目されたのが「拡大詩」である。

 

   よ まことに今 あなたの敵が

   まことに今 あなたの敵が滅びます。

   不法を行う者はみな散らされます。(新改訳2017)

 

   主よ、あなたの敵は必ず

   あなたの敵は必ずや滅び

   悪事を働く者は皆、散らされる。(協会共同訳)

 

この詩篇92篇9節(10節)を、日本語らしさを大事に翻訳すると、呼びかけ(呼格) の「主よ」が行頭に来ることになる。しかし、ヘブル語本文の語順にしたがって訳すと、

 

   まことに今 あなたの敵が  

   まことに今 あなたの敵が 滅びます。

   散らされます。不法を行う者はみな

 

のように、「主よ」は行末に来る。

1行目では、「まことに今 あなたの敵が」(a – b) の次に期待されている述語が来るのではなく、「主よ」という呼格 (x) が来る。そのことにより流れを中断させ、聞き手にある種の緊張をもたらす。そして、次に何が来るのかという期待を抱かせておいて、2行目頭では、再び「まことに今 あなたの敵が」(a – b) を繰り返し、次の述語「滅びます」(c) に続けるという技巧である。さらに、3行目は語順を逆にして、2行目と交差並行法(キアスムス)になっている。

 

 a – b – x

 a – b – c

 c’ – B’

 

3行目の「不法を行う者はみな」 (B’) は、2行目の「まことに今」 (a) の省略を補い二行間の安定を保つために、バラスト・バリアントとして「あなたの敵」 “b”よりも長い句 “B’” となっている。このような「拡大詩」は、二行詩から三行詩に意識的に拡大されたもので、ウガリト語の詩文にしばしば表れる。

 

【ウガリト「拡大詩」の一例】

“Request life, O Aqht the hero

 Request life and I shall give (it) to you

 Immortality, and I shall bestow it upon you.”

 

「命を求めよ。英雄アクハトよ。

 命を求めよ。私がおまえにそれを与えよう。

  不死を。私がおまえにそれを授けよう。」

 

ウガリトのバアル神話やアクハト叙事詩が発見された1930年代、その言語の解読と文学の解釈に大きく貢献したのは、英語圏ではサイラス・ゴードン、H・L・ギンスバーグ、W・F・オールブライトなどのヘブル語学者・オリエント学者であった。ところが、今や、ウガリト語そのものの研究が進み、ヘブル語の詩文の研究のために「逆方向に」顕著な貢献がなされている。

その一つ、「拡大詩」(詩篇92:9の他に、箴言31:4, 詩篇77:16、ハバクク3:8など)がヘブル詩の中にパターンとして明確に認識されるようになったのは、ウガリト語の詩文研究を通してであった。ヘブル詩の並行法の研究が、ウガリト語などの詩の研究とともに発展してきたのにはこのような歴史があったのである。

さらに、並行法(対句)は、ヘブル語やウガリト語の詩だけでなく、ロシア語などのスラブ語、中国語(漢詩)、モンゴル語など、並行法をとる詩との関連で論じられるようになっている。詩の形式的な側面での研究が深く進んでいるが、聖書の詩篇の魅力は何と言ってもその内容の素晴らしさであろう。

聖なる神の御前に「たましい」を注ぎだして祈り、全身全霊で神を賛美し、心からの悔い改めを持って罪の赦しを願う信仰者の真実な姿に感動するからだと思う。

 

つむら・としお 
1944年兵庫県生まれ。一橋大学卒業、アズベリー神学校、ブランダイス大学大学院で学ぶ。文学 博士(Ph.D.)ハーバード大学、英国ティンデル研究所の研究員,筑波大学助教授を経て、聖書神学舎教師。ウガリト語、 旧約聖書学専攻。聖書宣教会理事、聖書考古学資料館理事長。著書に『創造と洪水』『第一、第二サムエル記注解』など。

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