【宗教リテラシー向上委員会】 コロナ禍におけるハラール対応(2) 小村明子 2021年2月1日

 前回、コロナ禍でのハラール対応について述べた。コロナ禍による訪日ムスリム観光客数の減少の中、かつてのようにムスリム観光客へのおもてなし対応はできなくなった。それでもハラール・レストランやハラール対応物品を売っている店舗が何とか店を開けていたことから、現状を記した。

 前回も述べたように、日本におけるイスラームの歴史の中でムスリム観光客に対してこれほどのおもてなし対応は見られなかったため、非ムスリムの日本人が積極的にイスラームと関わりを持つようになったという点で一定の評価はあると思われた。だが、日本で暮らす一部のムスリム、特に日本人改宗者の中には、「ないよりはましである」と意見を示す者や、否定的に捉えている者がいることもまた述べた。

【宗教リテラシー向上委員会】 コロナ禍におけるハラール対応(1) 小村明子 2020年11月21日

 非ムスリムによるムスリム観光客への対応は一見すると簡単にできるように見えるが、需要者側であるムスリム観光客の数が問題となるだけでなく、宗教が関わることもまた大きな課題となる。そこで、今回は非ムスリムがハラール対応するということは、何をどうすれば良いということなのかについて述べたいと思う。

 非ムスリムがハラールについて日本人ムスリムやイスラーム知識人に質問する時、開口一番に出る質問がある。それは「~は大丈夫ですか?」「~はいけませんか?」という言葉である。改宗ムスリムたちは後者の質問が多い。彼らにとって「してはいけないこと」を行うことは信仰上差し障りがあるためだ。これに対して非ムスリム、特にハラール・ビジネスに関わる人々は、彼らの扱う生産加工品に使用する材料の良し悪しを問題とする。そのため、このような質問となる。

 ただし、さまざまな物事に良し悪しをつけるのがハラールの考え方ではない。またハラールは、イスラーム発祥の地であるアラビア半島で生まれた考えではなく、グローバル化に伴う食材や物品の輸入の増加や、他宗教の信徒が混在して住んでいる、あるいはまたはムスリムが少数派となる周辺の国や地域から出てきたイスラーム法学上の考えである。

 ムスリムが多数派となる国においては、ムスリムの手で生産される物品がほとんどであるから、食しても身につけても問題はないと考えることができた。ただし、そこに非ムスリムの手が加わったり、どこが産地なのか分からない物が混入したりするようになると、「トレーサビリティ(追跡可能性)」と基準が必要となる。この基準を決めるために、複数のイスラーム法学者や知識人たちがクルアーンや預言者ムハンマドの言行録であるハディースを吟味して解釈を議論した。その結果がハラール対応品として認められているのである。ゆえに、国や地域、そして人によってどう解釈して決めていくのかで基準が異なってくる。つまり、国や地域ごとにその物品がハラールとして認められるか否か違ってくることもあるのだ。

 イスラームという宗教は一つであったとしても、解釈の違いによって認められることもそうでないことも国や地域によって異なることを理解することがハラール対応を考える上で重要となるのである。

▲ハラールマークはパソコンで誰でも簡単に作ることができる。ゆえに、各ハラール認証団体は団体のマークであることを証明するために、「ハラール」を意味するアラビア文字と共に認証団体名を併記し、さまざまな模様をあしらって認証団体のマークであることを示している。

小村明子(立教大学兼任講師)
 こむら・あきこ 東京都生まれ。日本のイスラームおよびムスリムを20年以上にわたり研究。現在は、地域振興と異文化理解についてフィールドワークを行っている。博士(地域研究)。著書に、『日本とイスラームが出会うとき――その歴史と可能性』(現代書館)、『日本のイスラーム』(朝日新聞出版)がある。

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