【夕暮れに、なお光あり】 夫婦の生き方 渡辺正男 2021年2月11日

 日曜日の午後も遅い時間、ゆっくりと新聞に目を通します。朝日新聞なのですが、「天声人語」や「歌壇・俳壇」を見るのが楽しみです。こんな歌が目に留まりました。

「四十五年 共に暮らせる妻なれど 喧嘩のたびに『さよなら』と言う」

 私ども夫婦はどうなのか。連れ合いは、喧嘩した時、家を飛び出して夜も戻ってきませんでした。しかし翌日の日曜日、彼女は何事もなかったかのように、いつもの顔で礼拝に出席していました。そんなことが何度かありました。結婚して56年、どんな生き方をしてきたのだろうと、改めて思い返します。

 先日、新聞の「天声人語」に、新アメリカ大統領夫人のジル・バイデンさんの生き方に触れて、「ワシントンへ引っ越して夫の人生だけを生きることは私にはできない」という言葉が紹介されていました(1月20日)。古びた良妻賢母型という考え方にとらわれない夫妻の生き方に期待する、と「天声人語」は述べています。その良妻賢母型とも少し異なるのですが、私どもは一緒に教会に仕え、一緒に教会の働きを担ってきたように思います。

 牧師の妻としてではなくて、一人の教会員として、自分の生き方を大事にする――そういうあり方があります。最近は、その考え方が有力ではないでしょうか。私どもは、古いタイプなのでしょう。連れ合いも、教会のさまざまな働きに専念するようにして歩んできました。

 函館教会時代に、教団からマシューズ宣教師が問安に来られて、「週に1日は自由な時間を確保しなさい。週1日は、自分の好きなことをしなさい」と、特に連れ合いに助言してくれました。結局、それは叶いませんでした。彼女は、教会に仕えることを自分の生き方として選んできたのでしょう。

 「晴見町だより」という見開き2頁の私的通信を隔月に発行し、100部ほど、友人らに送っています。昨年、傘寿の誕生月の号に、彼女は、新聞の歌壇で出会った歌を紹介していました。

「付き合った鏡の顔と八十年 苦労はしたが人生可なり」

 これまでの生き方を、彼女なりに納得しているのだな、と少々安堵しました。それぞれの夫婦に、選んだ生き方があるのですね。

 「あなたは、わたしに従いなさい」(ヨハネによる福音書21:22)

 わたなべ・まさお 1937年甲府市生まれ。国際基督教大学中退。農村伝道神学校、南インド合同神学大学卒業。プリンストン神学校修了。農村伝道神学校教師、日本基督教団玉川教会函館教会、国分寺教会、青森戸山教会、南房教会の牧師を経て、2009年引退。以来、ハンセン病療養所多磨全生園の秋津教会と引退牧師夫妻のホーム「にじのいえ信愛荘」の礼拝説教を定期的に担当している。著書に『新たな旅立ちに向かう』『祈り――こころを高くあげよう』(いずれも日本キリスト教団出版局)、『老いて聖書に聴く』(キリスト新聞社)、『旅装を整える――渡辺正男説教集』(私家版)ほか。

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