【3・11特集】それぞれの10年 「復興」の陰に無数の物語 被災地に残された課題 高橋拓男 2021年3月11日

 未曾有の大災害から10年。あの日以来、大切な家族・友人、住まい、生業を失い、今も不自由な避難生活を続ける人々がいる。福島県では今月25日、「復興」のシンボルである「Jヴィレッジ」から東京オリンピックの聖火リレーがスタートするという。果たして10年という歳月は、被災者たちの傷を癒やすことができたのだろうか。当事者の目線から、震災後の残された課題を改めて振り返る。

高橋拓男(ミッション東北 会津聖書教会牧師)

 父は「水戸黄門」が好きで、私が子どものころは月曜日の夜になると必ず見ていた。悪代官が出てきて悪事を企み、心優しい町民を苦しめる。しかし、そこに商人を装った水戸の御老公一行が現れ、最後は正体を明かし、悪代官一味を懲らしめ裁きを下す……。毎回ストーリー展開は同じだが、その定型こそが魅力なのだ。

 私たちクリスチャンの内側にもある「定型のストーリーを見たい」という欲求は意外に強い。「苦しい目にあったけれども神様はこうしてくれた」と言いたい思いが、常に心の内にある。しかし、現実には決してハッピーエンドで終わらない無数のストーリーが存在する。

 福島の支援に来た方々によって逆に大きな経済的な負担を強いられたベテラン牧師、青春の大切な年月を支援にささげたものの、その意味を問い続けている青年牧師、高い志を持って福島に移住したが思うような理解を得られなかったベテラン牧師、原発事故直後から子どもたちのために奔走し、燃え尽き症候群になった中堅牧師、外見的に大きな被害がないため充分な支援を得られず苦闘している小さな教会、仮設住宅で一人の住民から毎日のようにクレームを受け続け、そのストレスで倒れ帰らぬ人となった自治会長、7年前に不慮のアクシデントで首から下が動かなくなり今年1月に亡くなられた原発事故の避難者、震災から10年経つ今も補償金をめぐって人間関係がぎくしゃくする原発事故の避難者……。

 いずれも「ハレルヤ!」と締めくくれない話である。私は東日本大震災から10年を迎えるにあたり、無数に存在するこれらの「影のストーリー」をもう一度拾い上げ、大切に記憶すべきだと感じる。

「影」拾い上げ記憶すべき
いつまでも「震災後」を迎えられない福島

 私の記憶に最も残っているのは、原発事故のために大熊町から避難してきたSさんという男性である。3年前の2018年3月に亡くなり、教会で葬儀をした。享年89歳。この方は福島第一原発で、アメリカから来る技術者の通訳や生活のお世話をしていた。だから80歳を越えても英語が話せる。大熊町に家を建て、休みの日には町外へ買い物に出かけ「目玉商品」を見つけてくるのが好きな方であった。しかしやはり原発事故によって、その人生は大きく変わった。

 東日本大震災後、会津若松市の仮設住宅に入ったが、大熊町の自宅と比べ格段に狭い住居であった。縦長の住まいで、玄関を開けたところにすぐ台所があり、その奥に4畳半ほどの寝室、その奥に6畳の茶の間がある。一人で生活しても少し狭さを感じる大きさである。

 そこにお連れ合いと2人で入居したが、お連れ合いは避難生活のストレスからか、もともと患っていた認知症が進んだ。昼夜を問わず徘徊が始まり、深夜に警察にお世話になることも少なくなかった。Sさんも必死にお世話をしたが、やがて彼女は隣町の介護施設に入所することになった。

 そこから急激にSさんも弱ってきた。ちょうどそのころから仮設住宅を出て、新しい生活をする方が増え、Sさんが人と関わる機会も少なくなった。たまに立ち寄ると、「日本語を忘れないように、毎日ラジオの話を復唱している」と笑えない話をしていた。

 体が弱ってきている状態の中、最初に住んでいた仮設住宅の閉鎖が決まり、引っ越しを余儀なくなされた。次の仮設住宅へ移動したが、役所の見通しの甘さか、その移動した仮設住宅もわずか1年後に閉鎖となり、三つ目の仮設住宅への引っ越しが決まった。

 わずかな期間に行った引っ越しは相当堪えたのではないかと思う。そのわずか4カ月後に、Sさんは亡くなった。自宅から100キロも離れた場所で、7年に及ぶ避難生活を強いられ、その生涯を終えるのにどれほどの悔しさがあっただろうか。最後まで病院のベッドの上でSさんは「悔しい、悔しい」と繰り返し語っていた。

 福島県は原発事故の影響によって、いつまでも「震災後」にはならない。ただ「10年」という区切れが存在するだけである。だから私たちに心地よい「定型のストーリー」だけでなく、誰も注目しない「影のストーリー」も大切にし、その中に隠されている神様の恵みと栄光を丁寧に捜し続けていく「これから」の10年でありたい。

Sさんが避難してきた大熊町。奥に見えるのが中間貯蔵施設。

 たかはし・たくお 1974年宮城県生まれ。福島大学在学中に受洗。その後、上下水道専門の建設会社へ就職。9年間働いた後、関西聖書神学校へ入学。2010年に卒業し、福島聖書教会(福島県福島市)でインターン中に、東日本大震災を経験。震災1週間後に現在の会津聖書教会に着任。

*今年11月23日前後に福島県で開催予定の「宣教フォーラム」(主に福音派の教会が中心となり、毎年日本各地で行っている全国規模の集会)は、バランスよくこの10年を振り返る時となることを願いつつ準備中。

【3・11特集】それぞれの10年 自身の限界と向き合いつつ 津波の被災地 仙台・荒浜で 鈴木真理 2021年3月21日

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