【夕暮れに、なお光あり】 フーテンの寅とイエス 細川勝利 2021年4月11日

 『寅さんとイエス』(米田彰男著、筑摩選書)という本が、寅さんとイエス・キリストの関係を研究している。同書は寅さんとイエスの共通点は「フーテン性」と指摘する。「フーテン性」とは、①定職を持たず、ブラブラ暮らす者。②既成の社会秩序からはみ出した言動をする者とある。さらに「寅とイエスのフーテン性」の共通点は、①常識をはみ出した者、②故郷を捨てた者、とのこと。人々から馬鹿にされても、自分の愚かさとさら弱さを曝け出し、自分を必要とする者のために自分を捨て、その人を生かすのが寅とイエスの共通性だという。そのイエスの姿が、ルカによる福音書(18:35~43)にある。


 まず「イエスは立ち止まって……」(40)とある。イエスはご自分の重要な使命の途中でも「立ち止まる愛」の方である。さらに(盲人を)そばに連れて来るように命じる「みもとに招く愛」「受け入れる愛」。さらに「何をしてほしいのか」(41)と「先入観で接せず、尊厳ある人間として接する愛」である。

 「また見えるようになることです」(41)と答える前には、沈黙があったと思う。なぜなら、この質問は彼にとって初めてのことだっただろうから。ドイツの思想家M・ピカート(1888~1963年)は、「もしも言葉に沈黙の背景がなければ言葉は深さを失う。愛の中には言葉よりも多くの沈黙がある」と言う。物乞いの答えの背景に沈黙があったからこそ、主は「あなたの信仰があなたを救った」(42)と彼の言葉を信仰の力と認め、治されたのだ。

 天の故郷を捨て、私たち一人ひとりのために立ち止まり、招き、尋ね、失われた真の人間性を回復してくださるイエス様の姿がここにある。現在の教会もキリスト者も、あるべき「フーテン性」を失い、寅さんを非難する立場の人たちの集団になっていないだろうか。教会は、本来持つべきイエス様の元祖フーテン性を回復したい。

 ちなみに、「フーテンの寅」役の渥美清さん(本名=田所康雄)は真のフーテン「元祖フーテン」のイエス様の愛に触れ、イエス様を信じ洗礼を受けられたとのこと。

 老いて体も心も弱くボロボロになったことと思う。そんな時、映画『男はつらいよ』を観ると慰められる。そこで「元祖フーテン・イエス様」こそが私たち一人ひとりに寄り添ってくださることを覚え、同時に孫や独り寂しくしている隣近所の人のために、「フーテンの寅」になっていこう。

 「人の子は、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」(マルコによる福音書10:45)

 ほそかわ・しょうり 1944年香川県生まれ。少年時代いじめっこで親、教師を困らせる。東京で浪人中63年キリスト者学生会(KGK)クリスマスで信仰に。聖書神学舎卒後72年から福音教会連合浜田山キリスト、北栄キリスト、那珂湊キリスト、緑が丘福音、糸井福音、日本長老教会辰口キリスト、パリ、ウィーン、ブリュッセル、各日本語教会で牧会。自称フーテン僕使。他方中咽頭癌、類天疱瘡、脳下垂体前頭葉機能障害、頚椎性神経根症、心不全、両鼠径ヘルニヤで霊肉ボロボロ。ただ憐れみで今日に至る。著書に『落ちこぼれ牧師、奮闘す!』(PHP出版)、『人生にナイスショット』(いのちのことば社)など。

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