【空想神学読本】 「ハンガー・ゲーム」が問う闘いの果て Ministry 2020年3月・第44号

 『ハンガー・ゲーム』は、スーザン・コリンズによるヤングアダルト小説3部作だ。後に続く数々のヤングアダルト向けディストピア小説の先駆けとなり、4本の映画はいずれも大ヒットした。今も折に触れて言及される、シンボリックな作品となっている。

 12の地区から10代の男女を一人ずつ選出し、最後の一人になるまで殺し合わせる」未来国家パネムが毎年開催する『ハンガー・ゲーム』の基本ルールだ。生存確率24分の1。ほとんどの参加者がこの殺人ゲームの犠牲となる。その犠牲ゆえ各地区は恩赦され、住民たちの生存は保証される。恐怖支配を維持するスノー大統領のやり方だ。しかし革命のリーダーとなる少女カットニスがゲームに参加したことで、民衆はキャピトル(首都)への反乱運動に立ち上がる。

 主人公カットニスは当初、妹の身代わりとなってやむを得ずゲームに参加した。しかしヒロイックな活躍で勝利をおさめたことで、革命の寵児に祭り上げられてしまう。その構図はローマ支配からの解放者としてエルサレムで熱狂的に迎え入れられたキリストと重なる。

 あるいは戦いを勝利に導く少女という意味ではジャンヌ・ダルクにも似ている。神の声を聞いて百年戦争に参戦し、フランスを勝利へ導いたという10代の少女のことだ。人々はいつの時代も、自分たちの先頭に立って勝利へ導くシンボリックなヒーローやヒロインを求めるのかもしれない。キリスト然り、ジャンヌ・ダルク然り、カットニス然り。

 カットニスは得意の弓矢と鋭い勘で、2度のハンガー・ゲームを生き抜いた。革命では最前線で戦った。最終的に革命は成功し、パネムに新政権が樹立される。しかし、新たに権力を握ったコイン首相は結局スノー大統領と同じ轍を踏んでしまう。首をすげ替えただけの独裁政治、恐怖政治が続くのだ。

 この皮肉な結末は、現実の世界史の焼き直しのようにも見える。私たち人類は数々の戦争、数々の革命を経てなお同じ過ちを繰り返してきたからだ。この結末はそういった歴史へのアンチテーゼとして、「結局のところ暴力は何も解決しない」と私たちに伝えているのかもしれない。

 カットニス自身、武力革命には消極的だった。そもそも彼女は革命に利用され、勝手にシンボルに祭り上げられた身だ。プロパカンダ用にカメラの前で演説させられ、戦う姿を撮影される様はさながら「革命のライブ配信」であり、初めてテレビ中継された湾岸戦争のようでもある。彼女はどこか覚めた目で、その革命ゲームを眺めていたのではないだろうか。

 武力革命が成功しても結局何も変わらない現実を知ったカットニスは、最後の暴力としてコイン首相を公然と処刑し、去っていく。権力の座に就くのでなく、人々の選択に任せたのだ。それは同時に現代に生きる我々への問いかけでもある。暴力を選ぶのか、あるいはそれ以外の何かを選ぶのか、と。

 キリストが武力行使でエルサレムを奪還したらどうなっていただろう。ユダヤ民族は一時的に救われたかもしれない。しかし、それ以上の何かは起こらなかっただろう。キリストが暴力を選ばなかったがゆえ、彼の平和の教えは全世界に広まったのだ。

 2019年3月、香港で「逃亡犯条例」に反対する民衆の大規模デモが始まった。一時は要求が認められる形となったが10月、警察による取り締まりが強化され、容赦ない暴力に見舞われる民衆の姿がネットに上げられるようになった。果たしてこの暴力は何を生み、何を破壊するのか。

 何もしなければ、何も起こらない。時として人は行動しなければならない。暴力は暴力を生み、闘争は闘争を呼ぶ。その先に待っているものは何なのか。そこに真の解決はあるのか。その判断は個々の手に委ねられ、その結果もまた、個々が負うものであろう。キリストが聖書を通して、またカットニスが『ハンガー・ゲーム』を通して現代に問う。(フリーライター 河島文成)

【作品情報】ハンガーゲーム

 強大な権力を一手に握る独裁者が君臨する国家パネム。そこはエリート階層が暮らす最先端都市キャピトルとそれに隷属する12の貧困地区で構成されていた。独裁者は反乱の抑止を目的に毎年、全12 地区からそれぞれ12~18歳の男女一人ずつを選出して、最後の一人になるまで殺し合いをさせ、それを完全生中継する見せしめイベント「ハンガー・ゲーム」を開催していた。

 そのプレイヤーの抽選会で、第12地区からは12歳の少女プリムが選ばれてしまう。そこで姉のカットニスが身代わりを志願、男子で選ばれた同級生ピータ・メラークとともにハンガー・ゲームに参加することに。こうしてキャピトルに向かった2人は、教育係による過酷なトレーニングを経て、ついに総勢24人が繰り広げる殺すか殺されるかの究極のサバイバル・ゲームに身を投じていくのだが……。

■原作:スーザン・コリンズ
■監督:ゲイリー・ロス
■出演:ジェニファー・ローレンス、ジョシュ・ハッチャーソンほか
■配給:ライオンズゲート
 2012 年/アメリカ/ 142 分/カラー

【Ministry】 特集「神学と福祉」/新型ウイルスと教会「今こそ礼拝とは何かを問う」 44号(2020年3月)

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