「患者」となって初めて見えた光景 『牧師、閉鎖病棟に入る。』著者・沼田和也氏インタビュー 2021年6月21日

「ありのまま生きる」とは?

 教会で、SNSで、さまざまな苦悩に向き合い、自らの弱さも赤裸々に告白してきた牧師の沼田和也氏(日本基督教団王子北教会)が、自身の体験を綴(つづ)った『牧師、閉鎖病棟に入る。』(実業之日本社)。

 いま、自分が「普通」で「当たり前」だと思っていることは、果たして本当に「普通で当たり前」だろうか。「ありのまま生きる」とはどういうことか――。同書は、読み手にそんな疑問を抱かせるエッセイである。

 6月5日にオンライン上で開催された公開インタビューで沼田氏は、「好奇心をそそるような『暴露本』にはしたくなかったし、教会でひどい目にあった哀れな自分、という書き方もしたくなかった」と語った。描かれているのは、わずかな期間ではありながら、閉鎖病棟での出会いや、エッセイを書くきっかけにもなった認知行動療法ノートを通して、自分と極限まで向き合い、徐々に変化していく著者自身の姿だ。

〝聖書にこう書いてある〟が通用しない
担当編集者「社会的な背景を反映」

 沼田氏は2015年に前任地でトラブルを起こし、3カ月間入院することになった。閉鎖病棟には、同室の16歳の少年・マレをはじめ、「ぬし」と呼ばれる彫り物のおじさん、50年以上入院しているタケノさん(いずれも仮名)など、年齢も境遇もさまざまな面々が入院している。

 ある時、隣室の17歳の少年・キヨシが沼田氏にこんな問いかけをする。「なんでリストカットしたらいけないの?」

 自分を傷つけ、血のあたたかさを感じるとホッとするというキヨシは、「自分の体を大切にしなさい」と言う人はいても、なんでそれがいけないのかは誰も教えてくれない。煙草を吸うのと何が違うのか分からないと言うのだ。

 また、チャンネル争いの果てに妹を金づちで殴ってしまったというマレも、ぽつりと言う。「なんで人を殺したらいけないんでしょうね? ぼくには、いくら説明をされても分からないんです」

 沼田氏は、彼らの問いかけに何も答えることができなかったという。これまで牧師として神を信じ、「愛」を説いてきたにもかかわらず、「聖書にはこう書いてある」という言葉は、この場所においては無効だと認めざるを得なかったのだ。しかし、彼らが納得できる答えを持っている大人は、いったいどれだけいるのだろうか。

 「ありのままの自分を愛そう? この子たちはもうじゅうぶん、自分の『ありのまま』とやらを見せつけられてきたんじゃないか?」「少なくともわたしの小さな正義では、目の前のこの少年について、一言も語り得ないことだけは分かった」

 5日の公開インタビューに特別ゲストとして参加した同書の担当編集者である白戸翔氏(実業之日本社)は、印象に残っている箇所として、拘束された青年が強制的に眠らされている姿に十字架で磔(はりつけ)にされたイエス・キリストを重ねる場面を挙げた。

 「彼がここに拘束されているから、世のなかは『まともな』人たちだけで独占していられるのだ。世のなかの『まともさ』を、彼が贖(あがな)っているのだ」との一節は、帯文にも採用された。

 「多様性が声高に叫ばれる一方、臭い物にふたをする風潮は根強くある中で、『こちら側』と『あちら側』を隔てるのは紙一重でしかない。今の社会的な背景を反映しており、万人に刺さる内容」と白戸氏。

 沼田氏とは入院前から8年来の交流があるという梁川利明氏(プレジデント社プレジデントオンライン編集部)もゲスト出演し、同書が読まれる理由について語った。「沼田さんと出会って、キリスト教がいかに素晴らしいかを力説するような牧師のイメージが変わった。暴露本になりがちなテーマでありながら、淡々とした筆致がかえって胸に響くのではないか」

 プレジデントオンラインで配信された同書の紹介記事「『妹を金づちで殴っちゃって』閉鎖病棟に収容される少年たちの”ある共通点”」も、数万人の読者に読まれて反響を呼んだ。

「妹を金づちで殴っちゃって」閉鎖病棟に収容される少年たちの”ある共通点” 「なんでいけないのか分からない」 #POL https://president.jp/articles/-/46423

 退院後、沼田氏は主治医の言葉に背中を押されて復職し、今も悩みながら、小さな教会で牧師を続けている。「前任地で決定的に『やらかした』上で入院したので、新しい人生に希望は持てなかったし、また自分がトラブルを起こすかもしれないと怖かった。今も自分自身が牧師には向いていないんじゃないかと思うことはありますが、(向き・不向きよりも)どんな人に『出会えるか』が重要じゃないかと思うんです。ただ、これまでの経験から『もう大丈夫だろう』と思っているとトラブルが起こるから、ここで気を緩めたらダメだと思っています」

 本書は決してハッピーエンドではなく、さまざまな疑問や迷いに対する明快な答えが示されているわけでもない。沼田氏自身の模索は、今も現在進行形だ。ただ、「自分は普通じゃないかも」という生きづらさを抱える人、生きている意味が分からないと苦しむ人、「先生」と呼ばれる立場に置かれ重圧を感じている人、ひと昔前の「男性性」を求められ苦しんでいる人たちにとって、何らかのヒントになればと願う。

(ライター 河西みのり)

 ぬまた・かずや 1972年兵庫県生まれ。高校を中退、引きこもる。その後、大検を経て受験浪人中、1995年、灘区にて阪神・淡路大震災に遭遇。かろうじて入った大学も中退、再び引きこもるなどの紆余曲折を経た1998年、関西学院大学神学部に入学。2004年、同大学院神学研究科博士課程前期課程修了後、伝道者の道へ。しかし2015年の初夏、職場でトラブルを起こし、精神科病院の閉鎖病棟に入院する。復帰後は都内の教会で再び牧師として牧会に従事。
note:https://note.com/numatakazuya

Photo by Nevin Ruttanaboonta on Unsplash

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