内村鑑三の思想息づく「今井館」 9月完工 東京・本駒込へ移転 2021年7月1日

 内村鑑三および後継者の著書・資料を収集しキリスト教伝道を支援する拠点である今井館が、このほど目黒区中根から文京区本駒込に移転し、今秋9月末に完工、11月にオープンする。この移転にあたり、同館を管理・運営するNPO法人今井館教友会(西永頌理事長)は、5000万円を目標金額として、2024年3月まで広く募金を呼びかけている。

 今井館は、内村鑑三の雑誌の愛読者であった実業家・今井樟太郎の遺志に基づき、妻信子が内村鑑三に当時で1000円の寄付を献じ、それをもとに1907年に柏木(現新宿区北新宿)の内村鑑三の自邸内に建てられた。その後、「今井館付属柏木聖書講堂」と命名。内村鑑三は、亡くなる直前までこの講堂において、聖書の真理を説き続けた。没後5年目となる1935年には、区画整理に伴い、柏木から目黒区中根に移転した。終戦直後、矢内原忠雄が今井館で講義を行った様子が、長谷川町子の自伝マンガ『サザエさん うちあけ話』に描かれている。矢内原は生涯そこで聖書講義を行い、その後も多くの無教会人が伝道に用いてきた。

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 1986年には図書資料センターが増設され、2001年には今井館の管理・運営を担うNPO法人今井館教友会が設立された。さらに2003年には寄付により今井館資料館が新築された。しかし、時代と共に地代が高騰し、ここ数年は年間700万円近くの地代を支払っている状況で、このまま続けば資金の枯渇が懸念され、いずれは今井館は閉館せざるを得ないと考えられていた。そんな中、無教会の信徒から文京区本駒込の土地を好条件で賃貸したいという申し出があり、こちらに新築移転することになった。

 新たに建設される場所は、江戸の二大名園として知られる六義園(りくぎえん)がある閑静な住宅街で、通称「大和郷(やまとむら)」と呼ばれる一角。新しい今井館は4階建で、1階は、内村鑑三とその思想を受け継ぐ人たちの著書約1万点を集めた書庫と閲覧室、2階は天井が高く吹き抜けになった聖書講堂を中心に、三つの集会室が設置される。3、4階には、6戸の賃貸住宅を造り一般に貸し出し、その賃料は今井館の維持・運営費に充てられる。

〝公共の場として広く活用を〟
今井館教友会理事長 西永頌氏インタビュー

 今井館の移転・新築にあっては、一定額必要な資金は準備されているが、図書・資料の電子化、施設・設備の近代化等のために資金が必要であり、広く支援を呼びかけるに至った。

 募金の目標金額は5000万円で、募集期間は3年間(2021年4月~24年3月)。募金方法は、年間払い(1口1万円として申込口を3年間支払い)と、自由な支払い(任意額での支払い、回数制限なし)の2種類から選ぶことができる。募金の送り先は、ゆうちょ銀行00200-2-143580「特定非営利活動法人 今井館教友会」。

 問い合わせは今井館教友会内村鑑三記念今井館新築移転事業募金事務局(TEL/FAX04-7176-1292、Eメール=imaikan.bokin@td6.so-net.ne.jp)まで。

 移転事業にあたり、今井館を管理・運営するNPO法人今井館教友会で理事長を務める西永頌氏に話を聞いた。

──今回の移転事業はどのように始まったのでしょうか。

 移転の検討を始めたのは3年ほど前です。当時、今井館は、土地代に年間約700万円を支払っており、この金額を払い続ければ、手持ちの資金が枯渇してしまうため、閉館もやむを得ないという状態にありました。そんなところに、文京区本駒込の土地を貸与したいという申し出があり、それなら継続できるということで新築移転に踏み出しました。

──今後、今井館はどのように用いられていくのでしょうか。

 無教会の人たちおよび一般のクリスチャンの方々にとって今井館はサービスセンターですから、安定的に存続させることが何よりも大切です。同時に、公共の場として、クリスチャンか否かに関係なく多くの人に活用していただければと願っています。特に近所には学校も多いので、若い人にもぜひ訪問してもらいたい。そのためにも聖書講堂、閲覧室、書庫、事務室の設備の近代化をはかり、時代にあった施設にしていきたいと考えています。また、今井館の情報をより広く知らせるためにホームページの拡充・強化も検討中です。

──今井館の源流である内村鑑三の思想とはどういうものなのでしょうか。

 ひと言で言えば「聖書に帰れ」という思想です。聖書が何を語るかを深く学び、そこから我々の生き方を学んでいこうとするものです。内村の活動の拠点は聖書研究会でした。そこでの講義を『聖書之研究』という個人雑誌に掲載し、日本全国の読者に発送しました。聖書を非常に大切にするという考えは無教会に脈々と流れ、無教会の信徒から聖書翻訳家が輩出しました。また、聖書を深く学ぶことによって、その学びを実際の生活に生かす人も出てきました。医者や実業家、土木技術者など工学者も多く誕生したのです。

 内村鑑三も札幌農学校を卒業してから水産学に従事した時期がありましたし、矢内原忠雄も社会科学者でした。私は、神の世界は科学の世界を含みつつ次元が異なり、科学では必ずしも説明できるものではないと理解しています。神について、科学は謙虚でなければなりません。

 内村の信仰は、十字架による罪の赦しが中心でした。内村は61歳の時、キリスト教という名前をやめて「十字架教」にすべきだとまで言ったほどです。晩年、心臓の病により、今井館で聖書講義をすることができなくなりましたが、弟子たちの講義を聞き、お祈りだけをされていました。その祈りは、「私の罪をお赦しください」というもので、時には涙を流して祈っておられたと矢内原忠雄が述懐しています。内村鑑三にとって十字架による自分の罪の赦しは、それほど大きなものだった。今井館はそのことも伝えていかねばと個人的には思っています。

─―ありがとうございました。

(ライター 坂本直子)

 にしなが・たたう 1939年、栃木県生まれ。東京大学教授などを経て、豊橋技術科学大学学長(2002~08年)。東京大学、豊橋技術科学大学名誉教授。結晶成長国際機構(IOCG)Laudise賞、日本結晶成長学会業績賞などを受賞。今井館教友会の副理事長を6年半間務めた後、大山綱夫前理事長の後を受け、昨年理事長に就任した。

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