「正義と平和の灯をかかげて」 NCCが平和メッセージ発表 2021年8月11日

 日本キリスト教協議会(NCC)の吉髙叶議長と金性済総幹事による「8.15平和のメッセージ」が8月3日、NCCのホームページに公開された。

 メッセージでは、コロナ感染拡大の危機の中で開催された「東京五輪」は、オリンピック憲章の精神から逸脱した現実を露呈させ、感染爆発を迎え、社会の混迷と不安が一層深まる事態を迎えることになったと述べ、五輪後の社会の深刻な事態を深く憂慮した。

 また、「平和と逆行する不安と敵意の気運が支配する国際政治の流れが増す中で、日本が戦争の永久放棄を謳った憲法9条の精神とそれに基づく対話の平和外交の道を見失い、なし崩し的に流されて進むこと」を懸念。ミャンマーの軍事クーデターにも触れ、一日も早い民主主義の復活と、あらゆる武力の根絶を願った。

 その上で、「今わたしたちは、弱さの中でこそ真に力をあらわしてくださる主が招き導かれるいのちのふれあう福音宣教の原点に立ち帰る恵みの時(カイロス)を、今再びこの苦難の時代に指し示されています」と述べ、どのいのちも取り残さない正義と平和の灯をかかげ続ける宣教の道を進み続けることを呼び掛けた。

 全文は以下の通り。


8.15平和のメッセージ

 「イエスは重ねて言われた。『あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。』」(ヨハネ福音書20章21節)

 1年半を越え、今まだその収束の光を見いだせないコロナ感染危機の最中にあって、わたしたちは主イエス・キリストを仰ぎ、平和を祈ります。

 わたしたちは、コロナ感染の苦難の中で、愛する家族と友を失った人々への哀悼の意をあらわし、また、からだのふれあいにより共感し、分かち合う平和を損なわれた悲しみを覚えながら、その貴い意味をかみしめます。

 振り返れば過去30年、世界と日本が選択し、推し進めてきた新自由主義政策によって、わたしたちの社会は、パンデミックなど大規模危機の中でいのちを保全するセーフティネットを劣化させてきたのではないでしょうか。また、このパンデミックが人類の到達した貪欲な資本主義と飽食・大量消費・環境破壊文明と無関係ではないという罪を思いめぐらさずにはおられません。

 コロナ感染危機の中で混迷するわたしたちの社会で、加速する深刻な貧困化、貧富格差の一層の拡大、外国人をはじめとする弱い立場に置かれた人々への差別、そして政治への深い失望と未来へのディストピア(暗い未来像)が蔓延する一方で、表現・言論の自由が脅かされ、市民のプライバシーを監視する政治や風潮があらわとなりつつあります。

 緊急事態宣言を発せざるを得ないコロナ感染拡大の危機の最中に開催が強行された「東京五輪」とは、今や「人間の尊厳を保つことに重きを置く平和な社会を奨励」するオリンピック憲章の精神から大きく逸脱した現実を露呈させることになました。片や日本の「メダル・ラッシュ」を称えるメディア報道が氾濫する中、懸念したとおり今や首都圏をはじめ感染爆発を迎え、社会の混迷と不安が一層深まる事態を迎えることとなったわたしたちは、このように無謀な東京五輪後に社会に襲いかかる深刻な事態を予想しながら、深く憂慮するものであります。

 いのちと和解、そして平和への理念の見失われた政治が続く中で、辺野古新基地建設と沖縄戦戦没者遺骨土砂の新基地建設利用に反対する沖縄の人々の叫びが疎外され、日本と韓国をはじめ朝鮮半島の関係は膠着をつづけ、さらに米中対立と併せ、台湾海峡問題についての危機感が声高に報道されながら、平和と逆行する不安と敵意の気運が支配する国際政治の流れが増す中で、日本が戦争の永久放棄を謳った憲法9条の精神とそれに基づく対話の平和外交の道を見失い、なし崩し的に流されて進むことが懸念されます。

 今年2月にミャンマーにおいて勃発した軍事クーデター以降、軍事政権の横暴によって、失われなくてもよいはずの命が奪われ、抗議する民衆たちへの無差別な武力に心を痛め、一日も早い民主主義の復活を求め、あらゆる武力の根絶を願い祈ります。そして暴力による民主主義の破壊に抗い、非暴力による不服従抵抗運動(CDM)を貫く人々、3指を立てて平和を願って声をあげる在日ミャンマー人の人々と共に連帯を表明しつつ、帰国困難な状況に陥った彼女ら/彼らの日本における安全な居住が保障されることを切に求める共に、軍部を実質的に支援することになるようなODA(政府開発援助)に対しては日本政府が毅然として再検討を行うように求める責任を、わたしたちは覚えずにおれません。

 このような未曽有の危機に見舞われる現実の中で主イエス・キリストを仰ぎ、祈り続けるわたしたちに、主は何を求めておられ、主に呼び集められた教会(エクレシア)は「世の光」として今どこに立って平和の灯をかかげる証しをなそうとしているのでしょうか。十字架の苦難と死から復活された主は、悲しみと恐れに囚われ、閉じこもる弟子たちにご自身のよみがえりの体を顕され、「あなたがたに平和があるように」(ヨハネ福音書20章19節)と告げられ、聖霊を注ぎ、使命を授け、世に遣わされました。

 キリストの教会はこの国で戦後、廃墟の中から福音に励まされ、苦難と悲しみにある隣人に寄り添い、絶望を乗り越える希望の灯をともす宣教の道を、ゆるされ導かれてきました。今わたしたちは、弱さの中でこそ真に力をあらわしてくださる主が招き導かれるいのちのふれあう福音宣教の原点に立ち帰る恵みの時(カイロス)を、今再びこの苦難の時代に指し示されています。

 いのち、ふれあい、そして共に生きようとする平和が引き裂かれた世にあって、共感不能、排除、差別、そして敵意の広がりに抗い、ひたすらいのちが分かち合われ、だれもが「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣き」(ローマ12章15節)ながらつながり合う平和を、エキュメニカルに追い求め、共に働く道を、今こそ主はわたしたちに、この危機の最中の今から未来に向かって呼び集められるキリストの体なる教会の存在理由として指し示されます。

 危機の嵐に心囚われず、「向こう岸に渡ろう」(マルコ福音書4章35節)と告げる主に励まされながら、わたしたちは共に「望みの港」(詩編107編30節)をめざし、どのいのちも取り残さない正義と平和の灯をかかげ続ける宣教の道を進み続けましょう。

日本キリスト教協議会
議長 吉髙 叶
総幹事 金 性済

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