【宗教リテラシー向上委員会】 今日のライシテの諸相 田中浩喜 2021年8月11日

 「ライシテ」という言葉をご存じだろうか。フランスの国是とされるライシテは、共和国の歴史と相即不離。日本にあって理解するのは容易ではない。だが、現代アメリカの宗教文化を考える上で「宗教の自由」論争の理解が不可欠なのと同じように(2021年6月11日付本欄参照)、ライシテは現代フランスの宗教文化を知る上での最重要キーワードになっている。

 日本では従来、ライシテは「政教分離」と訳されてきた。しかし、この訳語ではライシテの実態を満足に捉えられない。20世紀後半以降、フランスでは「分離」どころか、政治が宗教にむしろ積極的に「介入」する動きが目立つからだ。こうしたライシテの趨勢については、「政教分離」から「政教連携」への変化として好意的に評価する向きもある。

【宗教リテラシー向上委員会】 コロナ禍と米国の「宗教の自由」論争 藤井修平 2021年6月11日

 生命倫理に関する見解が公の場で宗教者に求められているのは、フランスの「政教連携」の好例と言える。1983年に設置された国立倫理諮問委員会では、メンバー40人中5人を宗教や哲学に詳しい人物とする決まりだ。今年6月末には生命倫理法が改正されたが、議会委員会は法案作成の際、宗教代表者を招いた聴聞会を開いた。政治は宗教に倫理の源泉の役割を期待しているのだ。

 ところで、ライシテが「政教分離」から「政教連携」に変化したことは、宗教の社会的意義が認められるようになったという意味で「喜ばしい」ことなのだろうか。「ポスト世俗」の時代には、時代遅れの「政教分離」より、斬新な「政教連携」でこそ、宗教の自由や平等がよりよく保障されるのだろうか。フランスの事例は必ずしもそうと言えないことを物語っている。

 まず、「政教連携」は「政治による宗教の管理」に傾きかねない。例えばマクロン現大統領は2020年12月9日、「共和国原理尊重強化法案」を議会に提出した。法案の狙いは、イスラーム系団体を国の厳格な監視下に置くことにある。フランスの宗教団体は法制上、制約は多いが税制上の優遇も多い「宗教社団」か、制約は少ないが税制上の優遇も少ない「非営利社団」の法人格を得る。イスラーム系団体は後者の法人格で活動することが多いが、政府はいわゆる「過激派」対策として、国の監視が行き届きやすい前者の法人格にイスラーム系団体を統合しようとしている。政治が「安寧秩序」のために宗教を「管理」するのである。

 次に、「政教連携」は「政治による宗教の選別」と紙一重だ。例えばサルコジ元大統領は任期中、「ポジティヴなライシテ」を掲げて話題を集めた。共和国はもはや意味やアイデンティティを供給できないから、宗教にその役割を期待しようという話である。だが、サルコジが期待をかけた宗教は結局、マジョリティのカトリシズムでしかない。マイノリティのイスラームに対しては、「全仏イスラーム評議会」を設置して管理を強めたり、公道でのブルカ着用を法律で禁止するなど、制限的な政策が目立つ。「政教連携」には連携すべき宗教を政治が「選別」する側面があるのだ。そして「選別」は概してマジョリティ宗教に有利に働く。

 政治と宗教の関係は宗教文化を深いところで規定する。それゆえ、ある国の宗教文化を知るには、その国の政教関係の正確な理解が不可欠となる。フランスの場合、政治と宗教の「分離」という紋切型だけでライシテを理解しては、「連携」「管理」「選別」などの力学を見落としてしまう。ライシテの本質を一足飛びにつかまえようとするより、その変化や諸相に目を向ける方が得るところは多そうだ。

田中浩喜(宗教情報リサーチセンター研究員)
 たなか・ひろき 1992年奈良県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程在籍中。論文に「『監視』と『利用』――第三共和政前期のフランス・リヨンにおける病院のライシテ化」(『上智ヨーロッパ研究』)、共訳書にJ.ボベロ・R.リオジエ『〈聖なる〉医療――フランスにおける病院のライシテ』(勁草書房)。

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