【夕暮れに、なお光あり】 神の愛を証しする夫婦愛 細川勝利 2021年9月11日

 忘れがたい出会いがある。パリ邦人教会で長く仕えられた作田銀也、安子夫妻だ。作田夫婦との出会いは、2006年のこと。小生がフランスに向かう日、ちょうどロンドンでテロ騒動があった。ヨーロッパ中が恐怖にのまれていた中、忍耐強く空港で待ってくださり、2人の愛に感動した。さらに荷物が数日届かず、聖書も服も靴もない中、すべてを銀也兄が貸してくださった。さらに小生たちが逗留中、見ず知らずの牧師一家がアフリカ行きの便がなくなり、途方に暮れた状態で助けを求めて来られたということがあった。その一家にも温かい手を差し伸べられており、旅人をもてなす姿に感銘を受けた。

 夫妻は1974年、仕事で幼子と共にパリに来られた。当時フランスに邦人教会はなかったが、欧州各地で邦人教会の設立に尽力していた阿部哲氏と、当時、神戸ルーテル神学校の校長であった鍋谷堯爾氏の励ましもあり、パリ在住の邦人キリスト者と共に日本語教会を設立された。夫妻は交わりのためにいつも軽食などを用意されたそうだ。受洗第1号は、今ではユーオーディアなどで活躍されているヴァイオリストの蜷川いづみさんである。その後、初代牧師・浅野恒氏の急逝、そして無牧という教会の苦難の時期も、作田夫妻は、留学生、礼拝奉仕者、さらにさまざまな旅人をもてなされていた。小生たちもいつももてなされ、その恩は言い尽くせない。

 夫人の安子姉はある時期から、骨粗しょう症、パーキンソン病を患い、脊椎、頸椎(けいつい)の大手術を受けられた。さらに悪性肉腫の手術、放射線治療の後、車いす生活となられ、苦しい病と闘うこととなる。その間も銀也兄は職責を果たしつつ、遠く離れた病院に安子姉の好物を作り届け、また、移動が不自由な安子姉を支え、一歩一歩共に歩まれていた。お二人のような愛の絆を、他に見たことがない。

 16年、安子姉の言葉や食事のこともあり帰国。横須賀の「衣笠ホーム」に入居され、銀也兄も近くに住まわれた。2人はホームで毎朝の礼拝を守り、午後も共に過ごし、就眠前に2人で礼拝をする生活を3年4カ月続けられた。この時を銀也兄は「神様を中心とする充実したすばらしい営みだった」と語ってくださった。20年1月24日、安子姉は突如として召された。苦しい病の中にもかかわらず、愛の絆で共に主を仰いで地上の別れをされたお二人の姿に、こんな別れをしたいと願わされる。

 「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである」(ヨハネ11:4)

 ほそかわ・しょうり 1944年香川県生まれ。少年時代いじめっこで親、教師を困らせる。東京で浪人中63年キリスト者学生会(KGK)クリスマスで信仰に。聖書神学舎卒後72年から福音教会連合浜田山キリスト、北栄キリスト、那珂湊キリスト、緑が丘福音、糸井福音、日本長老教会辰口キリスト、パリ、ウィーン、ブリュッセル、各日本語教会で牧会。自称フーテン僕使。ただ憐れみで今日に至る。著書に『落ちこぼれ牧師、奮闘す!』(PHP出版)、『人生にナイスショット』(いのちのことば社)など。

Photo by Matthew Bennett on Unsplash

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