【映画評】 子どもの宇宙とこの自由 『MONOS 猿と呼ばれし者たち』『グレタ ひとりぼっちの挑戦』『リトル・ガール』『スウィート・シング』 2021年10月28日

 南米コロンビアの森奥で暮らす、8人の少年少女ゲリラ兵と、囚われのアメリカ人女性博士。訓練、戦闘、ほのかな情欲。雲海に煌めく砲火と、連絡将校のみにより感覚される外部世界。逃走、嫉妬、狂奔。『MONOS 猿と呼ばれし者たち』は、映画的快楽に充ちた傑作だ。ゴールディング『蠅の王』の膂力とコンラッド『闇の奥』の深淵、そしてコッポラ『地獄の黙示録』を明らかな先達とする映像音響の野心的洗練。 

 なによりも、共同生活を伴う長期の選考過程を勝ち残った、8人の子どもたちが素晴らしい。この研ぎ澄まされた実践にリアリティをもたらすのは、言うまでもなく終わらない内戦という現実である。幼いうちに誘拐した子どもを、戦闘機械へと育て上げる。ポルポトや ISIS、ボコ・ハラムを想起するまでもなくそれは古に起源をもつ、人間社会の悪しき本質が凝縮する営みだ。

 “HOW DARE YOU!”「(あなたがた大人たちは)なんてことをしてくれたのですか!」と啖呵を切る国連演説で、一躍世界に知られる存在となった少女グレタ・トゥンベリ。彼女が怒りに顔を歪ませたその数秒だけを切り取った報道反復により固定化されたグレタ像への、トランプら各国首脳から有象無象まで全ての反応が空しく浮き上がる『グレタ ひとりぼっちの挑戦』の構成は、極めてフェアだとまずは言える。 

 主張の正否は別にしても、「全人類が私と同じアスペルガー症候群なら、気候問題は今のように悪化していない」と語るグレタの目には、大人の大半が卓上へ配給されたおやつを貪るだけの児戯にも等しい存在と映るのだろうことが、100分にわたり彼女の言動を追う本作からはよくうかがえる。

 男性の体に生まれついた『リトル・ガール』の主人公サーシャは、「私は女の子」と訴え続ける。学校の教師やバレエ講師ら大人たちが見せる排斥的反応は、カトリックの地盤が強い地方とはいえあのフランスでさえこうなのかと驚かされる。

 母に配慮し小児精神科医の前では黙り込むも、こぼれ落ちる涙を止められない7歳の少女が背負うもの。このドキュメンタリー作品は一方で、家族や友人ら味方に立つ人々の存在がどれほど重要かを教えてくれる。大人が想像できるよりはるかに多くのことをサーシャは感じとったうえ、どうしてよいかわからずに呑み込んでいる。そのことを大人たちは理解できない。ただ母だけは、頭で理解し切れずとも感じとっている。

 『スウィート・シング』では15歳と11歳の姉弟、ビリーとニコが歩み続ける。酒に溺れる父の元から、再婚した母の家へ。義父の性的虐待を拒絶して始まる、子どもだけの心の冒険。貧しいから、毒親だから、不幸なのか。大人の決めつけこそを乗り越えゆく生命力が、まぶしくも瑞々しい。

 『リトル・ガール』の校長や教師は、サーシャを男子へと〝矯正〟することが教育だと思い込んでいる。子どもの内面を圧迫する点でそれは『スウィート・シング』における義父の虐待や、『MONOS』の上官が施す戦闘訓練にも重なる。

 唯一の大人として『MONOS』に登場する連絡将校を演じるのは、実際に長らくコロンビア内戦最大の反政府勢力であったFARCの元指揮官だ。この男を殺すことで、物語は急展開を見せ始める。グレタやビリーの棲む世界とは異なって、全員が自動小銃を携えるそこでは暴力こそが規範であり秩序となる。 

 8人の子ども兵士のなかでも、ランボーと呼ばれる少年はとりわけ目を引く。他の少年とも少女とも口づけを交わす彼は終始中性的で、誰も彼の性別にはこだわらない。実をいえばランボーを演じるのはソフィアという女性なのだが、『MONOS』の世界において外部の習慣や規範とは無縁な彼らにとって、異性/同性愛やパートナーという概念は曖昧なものでしかない。したがってサーシャの苦悩は存在し得ない。

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 とはいえそこから垣間見える希望はむろん危うい。危ういにもかかわらず、サーシャやグレタが直面する現代社会の諸相に比べ必ずしも荒唐無稽に映らないのは、子どもだけがもつ自由への可能性が充満しているからだろう。翻って今はこれらの作品群をもって、日本社会を生きる子らにとっての希望と可能性とを考えるよすがとしよう。あらかじめ何かを失って生まれてくる子どもなどいない。子どもは大人の半分ではない。

(ライター 藤本徹)

『MONOS 猿と呼ばれし者たち』 “Monos”
公式サイト:http://www.zaziefilms.com/monos/
10月30日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

『グレタ ひとりぼっちの挑戦』 “I Am Greta”
公式サイト:https://greta-movie.com/
新宿ピカデリーほか全国順次公開中

『リトル・ガール』 ”Petite fille” “Little Girl”
公式サイト:https://senlisfilms.jp/littlegirl/
11月19日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国ロードショー

『スウィート・シング』 ”Sweet Thing”
公式サイト:http://moviola.jp/sweetthing/
10月29日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺他全国順次公開

© Stela Cine, Campo, Lemming Film, Pandora, SnowGlobe, Film i Väst, Pando & Mutante Cine

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