【夕暮れに、なお光あり】 すべてのことに時がある 島 しづ子 2021年11月11日

 最近、人間は自然に逆らっては生きられないことを感じている。気圧の変化などで身体の調子が狂うと、交通事故によるむち打ち症に苦しんだことを思い出し不快になる。そんなことで周囲を見回すと、若い人も気圧の変化で体調不良を起こしていることに気が付く。亡くなった娘も台風の前後に発作を頻発していたし、娘の友人たちも同じように気圧の変化による発作があった。デリケートな身体はカナリアのように自然の変化を教えてくれるのだろう。

 船を出そうかと海に行っても、雨、風、波の様子、潮の満ち引きを勘案して出さないと事故につながってしまう。自然に逆らっては生きられないのだ。

 休暇で渡嘉敷島にやってきた。1年前にケラマブルーに目覚めた場所をもう一度見ようと思ったのである。渡嘉敷島はフェリーで那覇の泊から約70分。1年以上毎週、辺野古の海に出ていたから船酔いしないと思っていたが、少し酔いそうになった。ますます侮れない海を思った。

 船酔いが治まったので、阿波連ビーチでシュノーケルの準備をして海に出た。波の様子を見ながら海に入った。先に3人の人が泳いでいたが、押し寄せる波に押し返されて危険だと分かった。見張りの人もやってきて「今日はシュノーケル無理ですよ」と。私もそう思った。海に浸かった時間は2分くらい。残念だが仕方がない。自然相手とは、こういうことだと思う。2日目は宿の企画で船に乗ってシュノーケルで海の中を見る予定だったが、雨模様だから直前まで実施か否か未定であるとのこと。

 以前ならそこで地団太踏んで悔しがるタイプだったが、最近は自然に逆らわないことを大事にしている。それほどに自然の脅威も感じているからだ。計画を変更しても楽しめることはあることも悟った。雨の海、波の高い日の波の音、流れ着いた貝や石を眺めて、越えてきた旅を想像する。年を重ねて面白くなったのは観察時間だ。以前は目にも留めなかった生物などを、今は見つめている。なんとも奥深いものに触れた気がしてくる。忙しく過ぎてきた日を取り戻すように、自然と対話する日が与えられて感謝している。

 「天の下では、すべてに時機があり/すべての出来事に時がある」「私は、神が人の子らに苦労させるよう与えた務めを見た。神はすべてを時に適って麗しく造り、永遠を人の心に与えた。だが、神の行った業を人は初めから終わりまで見極めることはできない」(コヘレトの言葉3:1、10~11)

 しま・しづこ 1948年長野県生まれ。農村伝道神学校卒業。2009年度愛知県弁護士会人権賞受賞。日本基督教団うふざと伝道所牧師。著書に『あたたかいまなざし――イエスに出会った女性達』『イエスのまなざし――福音は地の果てまで』『尊敬のまなざし』(いずれも燦葉出版社)。

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