【映画評】 残りのものへ 『コーダ あいのうた』『声もなく』『ブラックボックス:音声分析捜査』 2022年1月21日

 家族でただひとり健聴者の少女が、歌に目覚める。

 聴こえることがつらさを生み、この主題でしか不可能な感動を畳みかけてくる。
 
 『コーダ あいのうた』の原題“CODA”は、「聾唖者を親にもつ子ども(Child of deaf adults)」を意味する。子どもにとって家庭は外部世界をしのぐ一つの宇宙だが、自分以外の家族全員が聾唖者である場合、「聴こえること」は孤立を生む「欠落」となる。こうして外社会とは転倒した苦渋を抱えながら同時にその子は、幼いころから家族と家族外との通訳の役割をも担わされる。ゆえに、周りの子よりずっと早く大人になることを強いられる。

 映画ではこのプロセスを、歌との出逢いによる個人的な夢・願望の生起と、歌を聴けない家族との心の乖離、そして心の乖離を埋める家族個々の格闘という構成の巧みさにより珠玉の物語へと編みあげる。

 本作はフランス映画『エール!』(2014)の英語圏へのリメイクとして製作された。しかし多くのハリウッドリメイクについてコンテンツ制作能力の低減が指摘されるのとは異なり、本作の場合は原作『エール!』の製作陣および製作会社がそのままリメイク製作へ移行して気鋭の女性監督シアン・ヘダーへメガホンを託しており、作品の幹を損なうことなく質を上げることに成功している。

 一方『声もなく』では、韓国北西部ののどかな農村で、言葉を話せない青年と足の悪い陽気な中年親父がヤクザから死体処理や児童誘拐を淡々と請け負う。弟より軽く扱われて育った富裕層の娘が攫われ、口のきけない青年のもとに預けられる。2人がストックホルム症候群などはるかに超えた心のつながりを結んだのち各々の決断へと至る、極めて抑制された日常的描写には唸らされる。誘拐されてきた娘は青年とその妹の無秩序な暮らしに秩序を与え、実の家庭では知らなかった心の充足を得る。ここでもまた無自覚の欠落が見いだされ、常識とは真逆の仕方で埋め込まれる。

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 対して『ブラックボックス:音声分析捜査』は、過剰さの映画といえる。主人公である音声分析官は旅客機墜落の原因を回収されたボイスレコーダーから探るが、聴覚能力が突出するあまり“不都合な真実”を聴き取ってしまう。残された音から事故時の機内環境を立体的に組み上げる過程が極めてスリリングで、業界深部へ潜りゆく中盤以降のサスペンス展開は手に汗握る。また筆者自身が過感覚のためもあり、主人公が聴覚過敏に苦しむ秀逸な日常描写は大変身につまされた。日本語字幕では健常者視点で「幻聴」と簡略表示されたが、無自覚の解釈介入により感覚入力に偏差が起こるのは正味の幻聴とも異なり、客観的に過剰ではあれ端的なリアルであり続ける。

 ちなみに本作で描かれる陰謀劇には、言うまでもなくフランスのエアバス社とアメリカのボーイング社との超国家的な対峙構図が暗喩される。この今日的な問題意識の付加という点は、『コーダ あいのうた』において原作の舞台であるフランスの農村をボストン北東のしなびた漁村へ置き換えることで、社会的少数者が斜陽の近海漁業を続けることの困難をも描き込む仕草や、裏稼業へ嵌まり込むしかない1人の障碍者青年を通し現代韓国の格差化を逆照射する『声もなく』の手つきにも近い。

 「余計なこと」として切り捨てられる者たちの、声なき叫び。物事の効率化を尊ぶ功利思考にとって、余分なものを豊かさと見る教養的発想は排除すべき敵でしかない。しかし本来、なんのための効率なのか。真の理(ことわり)は、見た目の合理をしばしば裏切る。旧来型の諸システムや諸制度がどん詰まりを迎えた今日であればこそ、欠落や過剰の内に異言を聴き取ることの価値はいや増す。ひたすら諸事に忙殺されがちな今日にあって、なお大切な営みとしてそれは残る。裁くために聞くのではない。ただ耳を澄ませる。単純だが、容易ではない。

 現に今も、恵みによって選ばれた者が残っています。恵みによるのであれば、もはや行いにはよりません。(新約聖書 ローマの信徒への手紙11章5~6節)

(ライター 藤本徹)

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『コーダ あいのうた』 “CODA”
公式サイト:https://gaga.ne.jp/coda/
公開中

『声もなく』 “소리도 없이” “Voice of Silence”
公式サイト:https://koemonaku.com/

1月21日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開

『ブラックボックス:音声分析捜査』 “Boîte noire” “Black Box”
公式サイト:https://bb-movie.jp/
1月21日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開

*参考引用文献 『聖書 聖書協会共同訳』 日本聖書協会 2018

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