明治学院歴史資料館がデジタルアーカイブズを公開 貴重な歴史資料の二次利用が可能に 2022年2月6日

画像提供=明治学院大学

 明治学院歴史資料館(東京都港区)は1月24日より、同資料館と明治学院大学、明治学院高等学校、明治学院中学校・東村山高等学校が所蔵する歴史資料を、デジタルアーカイブズとしてインターネット上で公開している。

 公開されているのは、文書・刊行物1万358件、写真1475件、その他182件で、明治学院歴史資料館Webサイトの「メニュー」から、「明治学院歴史資料館デジタルアーカイブズ」を選び利用することができる。任意の語句での目録検索の上、利用規定を遵守することで、画像などのデジタルコンテンツの二次利用も可能。

 ヘボン式ローマ字で著名な創設者のJ・C・ヘボン、キリスト者の社会事業家として活動した卒業生の賀川豊彦、同じく卒業生で文豪の島崎藤村など、明治学院ゆかりの「人物」や、重要文化財の宣教師館をはじめとする「歴史的建造物」などを多面的に紹介。明治学院の歴史だけでなく、日本の近代史におけるキリスト教の関わりを知る上でも貴重な資料ばかり。

 同資料館ウエブサイトでは、「明治学院歴史資料館コレクションズ」も紹介している。これは、明治学院の歴史的特色を表し、特定のテーマで運用するコレクションの総称で、現在、明治学院第二代総理を務めた井深梶之助(1854~1940年)とその家族に関わる貴重な個人資料と、ガラス乾板コレクションを取り上げている。

 現在紹介中の井深梶之助は、1854年に会津藩士井深宅右衛門の長男として生まれ、15歳で白虎隊年少組の斥候(せっこう)として会津戦争に加わった。敗戦後、横浜の修文館でS・R・ブラウン宣教師より洗礼を受け、その後日本基督一致教会の牧師となる。1887年に明治学院が設立されると教授に就任し、米国留学を経て1891年11月に、ヘボン博士の後を継いで総理に就任した。ハンセン病患者に一生を捧げた看護師・井深八重は姪で、ソニー創業者の1人である井深大は親戚にあたる。

 ガラス乾板コレクションでは、国の重要文化財となっているインブリー館の記録画像を見ることができる。同館は、建設された当初から約8年間、宣教師のJ・M・マコーレー(1847~1897年)が居住したと推測され、その後、宣教師のW・インブリー(1845~1928年)が、1897年の再来日から1922年に帰国するまで暮らしていた。画像左側には人力車とその車夫が写っているのが分かる。

インブリー館(明治学院ガラス乾板コレクションより)

 明治学院歴史資料館は、明治学院と学院が設置する諸学校の歴史に関する資料およびその種の資料に関する情報の収集、管理を行い、研究・教育の用に供することを目的に1998年4月に開館した。常設展示・企画展示なども行っている。

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