【論点2022】 国安法から1年半 激化する統制への懸念 香港危機とキリスト教 松谷曄介(金城学院大学宗教主事) 2022年2月21日

 香港国家安全維持法(国安法)が2020年6月末に施行されてから1年半の間に、香港社会は大きく変わってしまった。特に昨年は多数の民主活動家の一斉逮捕に始まり、複数の民主派寄りメディアの廃刊、さらには民主化運動を牽引してきた諸団体の解散が相次いだ。また、「六四(天安門事件)記念館」の閉館と、天安門事件を記念する「国恥の柱」(香港大学)と「民主女神像」(香港中文大学)=写真右=の撤去は、まさに香港の民主と自由が消滅しつつあることの象徴的事件と言える。

 今のところキリスト教に対する直接的取り締まりはないものの、かねてより親中派メディアから攻撃されていた「香港牧師ネットワーク」も解散を余儀なくされた。また親中派メディア「大公報」は、宗教管理部門設置の必要性を訴える論説を掲載するようになり、中国大陸と同様の宗教統制が導入されるのではないかという懸念も高まっている。

 筆者は決して預言者ではないが、中国大陸と香港のキリスト教に長年にわたり関わってきた者として、遅かれ早かれ次のような事態が生じることを懸念している。

「中国化されたキリスト教」を超えて
〝ディアスポラ〟のためにできること

 第一は、キリスト教学校における愛国主義教育の導入だ。親中派メディア「文匯報(ぶんわいほう)」(2021年3月10日付)は、多くのキリスト教学校がこれまで愛国主義教育に消極的であり、雨傘運動や逃亡犯条例改正反対運動などの「違法行為」に多数の教師・学生が参加していたことを問題視し、「愛国教育を強化し、人々の心の〔中国〕回帰を促進すべし」と主張している。香港の学校では、すでに中国の国旗・国歌が義務づけられているが、それに加えて中国共産党の方針に則した歴史教育や道徳教育が実施される動きも見られ始めている。そうなれば、キリスト教学校を運営する教会、クリスチャン教師、クリスチャン家庭は、難しい対応を迫られるだろう。

 第二は、愛国宗教団体への登録の義務づけだ。一国二制度を規定している「香港基本法」では、香港の宗教団体の独立性が認められているため、香港の教会は中国政府の統制下にある中国大陸の教会に組み入れられることも、中国政府の管理を直接受けることもなかった。しかし「愛国者による香港統治」が基本路線となった今、宗教もまた愛国的であることを求められ、何らかの形で中国大陸式の宗教統制が実施されることが考えられる。

 中国大陸の広東省と香港・マカオとを合わせて宗教を論じる『広東・香港・マカオ大湾区宗教青書』(2021年6月出版)なるものが公刊され、しかも親中派メディアが宗教管理部門設置の必要性を主張し始めているのは、そのことの予兆かもしれない。

 第三は、教会員の海外移住の加速化だ。2020~21年にかけて、香港からイギリスなどの海外に移民した香港人は10万人近くに及ぶと言われている。香港のキリスト教人口は約12%(2017年時点)だが、単純計算で1万人以上のキリスト者が香港の教会からいなくなったことになる。100人規模の教会が100個と考えると、相当な規模の信徒流出だ。しかも移民するのは子どもの教育を心配する若い世代や富裕層であることを考えると、教会にとって人材面・経済面での打撃は計り知れない。現在はコロナ禍で人の移動が抑制されているが、コロナ後には海外移民が加速することが予想される。

 こうした香港問題を、日本のキリスト教会はどう受け止めるべきか。紙幅の関係上、ここでは2点に絞って述べたい。

 第一に、香港問題を「『中国式標準の民主』と『世界標準の民主』が衝突する新冷戦の最前線」(倉田徹「雨傘運動とその後の香港政治」2017年)の事柄と捉えた場合、キリスト教に関しては「中国化されたキリスト教」と「聖なる公同の教会」(使徒信条)の相克と理解することができる。これに対して日本の教会がどのように向き合うかは難しい問題だが、唯一言えるのは、中国大陸であれ香港であれ「中国化されたキリスト教」と呼ばれている枠組みの中にも「聖なる公同の教会」の信仰を持つ個々の教会・キリスト者がおり、政治的な意味での「中国化」にさまざまな仕方で抗いながら「聖なる公同の教会」の信仰に立とうとする彼の地の教会・キリスト者がいるのを忘れてはならないということだ。

 そうした認識と祈りは、日本の教会が公同性を保ち、「日本式標準のキリスト教」に陥らないためにも必要なことと言える。戦前・戦中に「日本化されたキリスト教」(日本的キリスト教)という誤った道を歩んでしまった日本の教会にとって、同じ轍を踏まないために、香港や中国大陸における「中国化されたキリスト教」をめぐる諸問題は、決して他人事・対岸の火事ではないはずだ。

 第二に、日本の教会には、世界各地に移住する「離散の(ディアスポラ)香港人キリスト者」のために、何らかの支援の手を差し伸べる使命が与えられているのではなかろうか。香港中文大学が2021年に実施した調査によれば、約4割の香港人が海外移住を考えているというが、移住希望先としてはイギリス(26%)、カナダ(14%)、オーストラリア(11%)、台湾(7.5%)が上位を占めるものの、ヨーロッパ(2.9%)、アメリカ(2.3%)、日本(2.2%)と、日本が欧米と肩を並べているのは興味深い。仮に今後、香港人の4割にあたる約300万人が実際に海外移住した場合、約6万5000人が日本移住を希望している計算となり、その中には約8000人のキリスト者が含まれることになる。あくまで数字上の仮定でしかないが、一定数の香港人キリスト者が日本移住を希望することは十分に考えられる。

 イギリスでは600以上の有志教会が参加する「Hong Kong ready Church」という香港人移民サポートのグループが立ち上げられ、そのウェブサイト<ukhk.org>では、新たな香港人移民に対して同グループ参加教会リスト、住居・教育・職探しなどの情報を提供している。在留外国人に対して法律的にも心情的にも冷たい日本社会にあって、日本の教会はイギリスの教会と同様に、外国人移民がキリスト者であるか否かにかかわらず愛の手を差し伸べるべきだが、特に同じ信仰を持つ神の家族であるならば、なおさらだろう。では、日本の教会(神学校・キリスト教学校を含め)は「ディアスポラ香港人」のために具体的に何ができるのか、今から共に祈り、考え、備えていきたい。

 まつたに・ようすけ 日本基督教団牧師。2014~16年、日本学術振興会・海外特別研究員として香港中文大学・崇基神学院で在外研究。編訳書に『香港の民主化運動と信教の自由』(教文館)など。

 

写真提供=倉田明子

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