【教会では聞けない?ぶっちゃけQ&A】 救われている実感がない 山下智子

Q.毎週礼拝に通い、熱心に祈り、献金もしているのに救われているという実感がありません。(50代・女性)

 「救われているという実感」ですか……。なかなか難しい問題ですね。あなたは毎週教会に通いお祈りも献金もできるのですから、客観的に言えば周囲の理解にも、体力にも、知力にも、経済力にもそれなりに恵まれているように思います。しかし、それだけでは満たされない何かを感じていらっしゃるのですね。

 でも、心配はいりません。ありがたいことにイエス様はどうすれば私たちが救われ、永遠の命を受け継いで生き生きと素敵な人生を送れるかちゃんと教えてくださっています。

 大切なのは「あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい」(ルカによる福音書10章27節)を実行することです。そしてその際のポイントは、「誰が私の隣人か」ではなく「私が誰かの善い隣人であろうとしているか」です。「善いサマリア人」の話ですね。

 言うまでもなくキリスト教のシンボルは十字架ですけれど、これもイエス様による救いの大切な二つの側面を示してくれているように思います。縦の棒は十字架に架けられたイエス様の生涯と教えにより天の神さまと地上の私たちが愛の絆で結ばれること、横の棒はイエス様の生涯と教えにより私たち同士が隣人として愛の絆で結ばれることです。十字架が十字架であるためにはこの横棒と縦棒の両方が欠かせませんし、横棒と縦棒のバランスもとても重要です。

 あなたはもうすでに神様とのつながりをお持ちなのに救いの実感がないとおっしゃるのですから、一度隣人のとのつながりについてよく考えてみてはいかがでしょう。

 イエス様がそうであったように誰かと一緒に食事をしたり、一緒に笑ったり泣いたり、時には誰かのために思いきり勇気を出したり、そうしたつながりの中にあなたを満たすものがきっとあるのではないでしょうか。誰かのためにお祈りをすることから始めるのもいいですね。

 やました・ともこ 福島県生まれ。同志社大学大学院神学研究科博士課程(前期)修了、サンフランシスコ神学校留学。日本基督教団弓町本郷教会伝道師、日本基督教団会津若松教会を経て、2008~17年、新島学園短期大学宗教主任・准教授。2018年より同志社女子大学宗教主任・准教授。著書に『こひつじたちのあいうえお』(日本キリスト教団出版局)、『新島八重ものがたり』(日本キリスト教団出版局)、編著書に『群馬のキリスト者たち』(聖公会出版)など。

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