【宗教リテラシー向上委員会】 安息日を破る時 山森みか 2022年3月21日

 安息日の遵守は、十戒に定められていることからも明らかなように、ユダヤ教においては非常に重要な規定である。民数記には、安息日に薪を拾い集めていた人が石打の刑に処されたことが記されている(15章32~36節)。つまり定められた日に仕事をせず安息することは、人間の生来的権利というよりは、神によって課された義務だとされているのである。

 現代のイスラエルにおいてもユダヤ人居住区では、金曜の日没から土曜の日没までの安息日には、ほぼすべての店やレストランが閉まり、公共交通機関も運行を止める。ホテルや病院のエレベータは、ボタンの操作をしなくても1階ごとに停止するよう設定されている。救急や警察など生命に関わるシステムは最低限の人員で運営される。

 だが、すべてのユダヤ人が喜んで安息日を守っているわけではない。安息日は「何があっても遵守するし、他人にも遵守させる派」と、「個人の自由にさせてほしい派」が激しく対立する案件でもある。安息日のバスの運行や店の営業を求める人たちがいる一方で、それを認めない政策を堅持する人たちがいるのである。安息日に走る自動車への投石や、開いている店の焼き討ちのような実力行使が行われる場合さえある。

 イスラエルのベネット首相=写真=は、イスラエル史上初のキッパを被った首相と言われるだけあって、安息日を遵守することで知られている。2021年10月にモスクワを訪問した際は、プーチン大統領との初会談が5時間にも及んだため安息日に入る前に帰国の途に就くことができず、安息日明けまで出発を延ばすことを余儀なくされたという報道があった。そのベネット首相が、ロシア生まれでロシア語を話すエルキン住宅建設相を伴って、2022年3月5日の安息日にプライベート・ジェットでモスクワを極秘電撃訪問し、プーチン大統領と約3時間会談したというニュースは、あまりに異例のことで人々を驚かせた。

 安息日を破るに値するのは、人命に関わる緊急性のある事態だけだとされている。つまりベネット首相は、この電撃訪問を人命に関わる重大な事態だと認識していたということになる。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、以前からイスラエル政府にロシアとの仲介を求めていた。だが双方の要求が異なりすぎているため、仲介がうまくいく可能性は極めて低い。また成果のない仲介は、対話の意志があることを示したいプーチン大統領のプロパガンダに用いられる可能性があることなどから、イスラエルの報道では仲介に乗り出すことそのものへの疑念が呈されていた矢先であった。

 ベネット首相がプーチン大統領との会談で話した内容の詳細は不明だが、仲介のみならずイスラエルの国益に直結する、イランやシリアとの関係、ロシア及びウクライナに住むユダヤ人の処遇についても話し合われただろうと推測されている。

 一方、ウクライナの隣国モルドバのラビ、ザルツマン師が、同じ3月5日に人生で初めて安息日を破ったという報道もあった。師はこの安息日に、国境まで車を走らせて数百人のウクライナ在住ユダヤ人を受け入れ、安息日には禁じられている調理の手配をして温かい食事を出し、会堂を宿舎として提供したという。

 安息日を極めて重要だと考えるユダヤ人でも、その禁を破って仕事をすることがある。それが、今回起きていることである。多くの人が心穏やかに安息日を守れる日が来ることを願ってやまない。

山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
 やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995年より現職。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。昨今のイスラエル社会の急速な変化に驚く日々。

By Avi Ohayon / Government Press Office (Israel), CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=109317713

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