【となりの異教徒 妻は寺娘】 本当にあった怖イイ話? Ministry 2019年12月・第43号

 お寺の娘と神学生がキリスト教系大学で出会い、結婚して子育てに奮闘する――そんなありそうでなさそうな凸凹夫婦の日常から、「共生」を実践する上でのヒントを探る。

 明香の実家である寺の墓地の片隅に、子どものお墓が建てられている。事故で亡くなった幼い女の子のお墓らしい。寺の本堂の前を流れる小さな川で一人で遊んでいたところ、誤って足を滑らせ転落し溺れてしまったのだそうだ。明香は、墓地や川の傍を通るたび、その女の子の話を思い出していたという。

 ある夜のこと。小学生だった明香は、いつものように自分の部屋で寝支度をしていた。すると、部屋の外から、ひたひた……と廊下を裸足で歩く足音が聞こえてきた。それは小さな子どもの足音のようだったので、さては妹が脅かしに来たのだなと思い、明香は、「おーい」と、部屋の外にいるはずの妹に呼びかけた。

 そうすると、足音はピタッと、明香の部屋の前で止まった。やっぱり妹か。そう思った明香であったが、ガラス戸を見てみると、彼女は奇妙なことに気がついた。そこに映っているはずの妹の姿がなかったのである。おかしい。明香は幼いながらも〝何かの気配〞を感じ取っていた。

 明香は、戸に手をかけ、恐る恐る部屋の外をのぞいた。……、誰もいない。「良かった、気のせいか」。そう言って、明香は胸をなで下ろした。しかし、安心して廊下に目を落としたとき、明香はあまりの恐怖に思わず息をのんだ。明香の立っているその廊下には、濡れた跡が点々と残されていたのである。しかもその跡は、川の傍にある本堂のほうから廊下をたどって明香の足元まで、まっすぐに向かってきていたのである。まるで、誰かが濡れた足で歩いてきたかのように……。

 「きっと、川で亡くなった例の女の子の霊だと思う」。明香は学生時代、ある飲み会の席でそんな体験談を私たち友人に語り聞かせてくれた。しかしながら、明香の話を聞いていた私たちはというと、「作り話だ」「怖がらせるにはもっと話術が必要だ」などと言って彼女のことを茶化していた。彼女の話をまったく信じようとしていなかったのである。あんな体験をするまでは。

 その日は夜遅くまで遊んでいたこともあり、終電を逃してしまった明香を車で家まで送り届けてあげようという話になった。明香は遠慮していたが、私たちにはどうしても彼女を家まで送り届ける必要があった。彼女が言っていた〝例の川〞を見に行くためである。

 夜中の寺は薄気味悪かったが、田んぼの間を流れるその川は、期待とは裏腹に、松虫や蛙の鳴き声が聞こえる夏の夜らしい穏やかな様相を見せていた。「そりゃ、そうだよな。今日は楽しかったよ。じゃあ、また明日大学で」。そう言って、私たちは明香に別れを告げ、すぐに帰路についた。

 しかし、車を走らせてしばらくしたときのことである。「な、なんだこれ」。運転していた友人が声を上げた。車のナビを見ると、そこには奇妙なものが映し出されていた。帰り道へ誘導してくれているはずの矢印が、あらゆる方向を指し示していたのである。その矢印は、交差点を通り過ぎるごとに、一つまた一つと数が減っていったので、ナビが混乱しているのだろうと私たちは思っていた。ところが、矢印が最後の一つになったとき、私たちは目を疑った。なんと車のナビが、寺のほうに戻れと言わんばかりに、もと来た道を引き返そうとし始めたのである。

 「おいおい、女の子の霊でも連れてきちまったのか」。車内は異様な雰囲気に包まれていたが、私たちは一旦落ち着くため、コンビニに立ち寄ることにした。しかし数分後、店を出て車に乗ろうとした私たちは、恐怖のあまり言葉を失った。駐車場に停まっている車の中で、私たちの乗ってきた車だけが、びっしょりと濡れていたのである。私たちは慌てて車に乗り込んだ。「冗談半分で川なんて見に行くんじゃなかった」。私たちは心底後悔していた。

 車に乗りエンジンをかけると、先ほどまで寺の方へと連れ帰ろうとしていたナビは、まるで何事もなかったかのように、ただ帰り道だけを指し示していた。

 その年の9月、明香は一人暮らしをするため、実家を離れ大学の近くに住むようになった。あの日以来、私はもう明香の実家に行くことはないと思っていた。けれども、それから数年後、私は再び明香の家を訪れることとなった。明香のご両親に結婚のあいさつをするためである。あの不可解な現象は、近い将来、私がまたその道を戻ってくることを暗示していた出来事だったのかもしれない。亡くなった女の子が無事に召天、もしくは成仏していることを切に願っている。

柳川 真太朗
 やながわ・しんたろう 1989年、ノンクリスチャンの家庭に生まれる。2007年4月8日受洗。2014年3月、関西学院大学大学院神学研究科前期博士課程修了。同年4月、日本基督教団 名古屋中央教会担任教師。2017年4月より、名古屋学院大学 キリスト教センター 職員(日本基督教団教務教師)。

柳川 明香
 やながわ・はるか 1990年、曹洞宗の寺の長女として生まれる。2013年3月、関西学院大学神学部卒業。結婚後、夫・真太朗と共に名古屋へ。牧師・司祭用カラーシャツ工房『HARCA』経営。

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【Ministry】 教皇来日記念企画「カトリック教会と現代」/特集「構造に合わせた音響を」 43号(2019年12月)

似顔絵=肉村知夏 https://mdrm.world/

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