【教会では聞けない?ぶっちゃけQ&A】 「神の国」とは共産主義社会? 白井幸子

Q.キリスト教が目指す「神の国」とは、貧富の差がない共産主義社会ですか。(30代・男性)

 「天の国は、良い真珠を探している商人に似ている。高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う」(マタイによる福音書13章45~46節)

 このように聖書は、自分の全財産、全所有物に勝るものが神の国であるといいます。神の国がなぜ、それほど人間にとって価値あるものなのでしょう。それは、そこに、人間の望むすべてのものがあるだけではなく、何よりもキリストの十字架の罪の赦しによる新しいいのちがあるからです。

 だからさまざまに思い悩むことをやめて、ただ神の国を求めよと聖書はいいます。「だから、あなたがたは、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い煩ってはならない。……あなたがたの天の父は、これらのものがみな、あなたがたに必要なことをご存じである。まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものはみな添えて与えられる」(マタイによる福音書6章31~33節)

 神の国は地上の国のような位置と広さをもった地理的な場所ではなく、「神の支配の成るところ」すなわち、「神のみ心がなされ、神の恵みのあふれるところ」であると理解されます。そう受けとって初めて「神の国は、観察できるようなしかたでは来ない。『ここにある』とか、『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの中にあるからだ」(ルカによる福音書17章20~21節)という、イエスの言葉を理解することができます。

 こうして神の国は、世の終わりに実現する神の支配される国であると同時に、イエス・キリストを信じる者の間に今ここに実現する現実でもあると考えられるのです。

 神の国とはそこに神がいたもうところ、そこに、私たちの罪を負ってくださったキリストが私たちと共に住みたもうところと考えられます。

 共産主義社会は神なしに「理想の国」を実現しようとする人間の試みですが、「神の国」は、イエス・キリストとその父なる神が、滅びゆく人間の救いのために約束してくださる新しい世界です。

*本稿は既刊シリーズには未収録のQ&Aです。

 しらい・さちこ 青山学院大学文学部を卒業後、フルブライト交換留学生として渡米。アンドヴァー・ニュートン神学校、エール大学神学部卒業。東京いのちの電話主事、国立療養所多磨全生園カウンセラー、東京医科大学付属病院でHIVカウンセリングに従事した後、ルーテル学院大学大学院教授を経て同大名誉教授。臨床心理士、米国UCC教会牧師。

連載一覧ページへ

連載の最新記事一覧

TO TOP