【となりの異教徒 妻は寺娘】 凸凹夫婦の歩み(4)教会時代~ターニングポイント Ministry 2021年春・第47号

 私は普段、自己紹介の際に「伝道師」と名乗るようにしている。場合によっては、便宜上、「牧師です」と言うようにしている。そのほうが非信者の方々にも分かってもらいやすいからだ。ただし、私は正確には、「伝道師」でも「牧師」でもない。大学の「チャプレン」(教会以外の組織で働く宗教者)である。私の所属する日本基督教団の規則に従えば、「教務教師」という呼び方になる。牧師や伝道師と名乗ることができるのは、厳密に言えば、「教会担任教師」(教会または伝道所に在籍する者)だけである。これは、我が教団の関係者でも意外と知らない人が多いと思う。

 牧師(正教師の教会担任教師)になるためには、我が教団においては、「補教師」として「2年以上もっぱら伝道に従事した」(規則にそう書かれている)あと、正教師検定試験に合格することが条件とされる。正教師として認められた後は、基本的にどこかの教会の主任牧師を任されることになる。牧師は、いわゆる〝転勤族〟である。全国津々浦々、あるいは海外赴任という可能性もあり得る。我が家の場合、転勤については、妻が「いろんな土地を楽しめる」と理解を示してくれていたし、私自身も特に抵抗はなかった。そのため、当時の私は、教会での任期を終えた後、正教師となってどこかの教会で牧師をするつもりでいた。短い期間ではあったが、正教師検定試験の対策として、名著『キリスト教神学入門』(アリスター・マクグラス著、教文館)を当時の主任牧師とマンツーマンで勉強させていただいたことは、今でも感謝している。

 しかし、ある時期から、私の心の中には一つの〝迷い〟が芽生え始めていた。2年目のある日、深刻そうな表情を浮かべた主任牧師に牧師室へ招き入れられ、こう告げられた。「柳川さんは、〝大学のチャプレン〟ってどう思う?」……突然の人事の話に当惑したのは言うまでもないが、その勤務候補地が、教会ではなく「大学」であったというのは、まことに寝耳に水の知らせであった。「行け」と言われれば、私はそれを神の導きと受け取ってどこへでも行くつもりではいたものの、教会以外の場所で働くことはまったく想定していなかった。もちろん、その人事の話は二つ返事で承諾したのであるが、同時にそのことは、心の中の〝迷い〟から解放される大きな転換点ともなった。

 私が当時抱いていた〝迷い〟とは、「自分は本当に正教師になるべきなのか」というものであった。我が教団では、正教師として認められれば、聖礼典(洗礼と聖餐)を執行できるようになる。だが、聖餐(パンとぶどう酒を用いた儀式)は非信者に対しては行うことができない。つまり、非信者である妻・明香に対しては、私はたとえ正教師になったとしても、パンとぶどう酒を分けてあげられないのである。愛する家族とともに聖餐の恵みを分かち合うことができない資格は、果たして私には必要なのだろうか……。

 しかし、正教師の資格がなければ、聖餐式を行うことができないため赴任先の教会に迷惑をかけてしまう……。そのようなジレンマに悩まされていたのである。しかし、大学のチャプレンであれば、正教師の資格は必要ない。大学で聖礼典を執行することはないからである。当然、周囲からの反対の声は多かったが、無批判で自分の人生を決めたり、他人の意見に流されたりするのは、柳川真太朗という人間の性に合わなかった。「正教師検定試験は受けない」。それが、私の〝答え〟であった。

柳川 真太朗
 やながわ・しんたろう 1989年、ノンクリスチャンの家庭に生まれる。2007年4月8日受洗。2014年3月、関西学院大学大学院神学研究科前期博士課程修了。同年4月、日本基督教団 名古屋中央教会担任教師。2017年4月より、名古屋学院大学 キリスト教センター 職員(日本基督教団教務教師)。

柳川 明香
 やながわ・はるか 1990年、曹洞宗の寺の長女として生まれる。2013年3月、関西学院大学神学部卒業。結婚後、夫・真太朗と共に名古屋へ。牧師・司祭用カラーシャツ工房『HARCA』経営。

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【Ministry】 特集「地域共生社会の創出と『宣教』」 47号(2021年春)

Vlad VasnetsovによるPixabayからの画像

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