痛みを抱えた牧師たちへ 「キリストはあなたの苦しみを贖うことができる」 2022年7月26日

 「長年にわたる困難な宣教の後、私は牧師をする力を失いました。しかし、イエス・キリストは弱さの中で私に出会ってくださいました」。米テキサス州オースティンのシティライフ教会創設者であるジョナサン・ドッドソン牧師(MDiv, ThM)による「クリスチャニティ・トゥデイ」への寄稿より紹介する。

 昨年のある朝、教会の建物に向かって歩いていると、教会から感情的に切り離されるような感覚を覚えました。愛情と願望の空虚さでした。自分の教会に足を踏み入れると思うと、今度は苦しくなってきた。魂という霊的な重荷は、もう私には背負えないものだったのだ。長老たちは私と一緒に嘆き、私のために祈り、2カ月の休暇を与えてくれた。

 過去2年間に蓄積された痛みは、私に追いついてきた。会衆の喪失、背教、ゴースト化、厳しい批判、その他もろもろ。聖職に就いている人の多くは、同じような傷を負っている。牧師をしながら、どうこれらの痛みに向き合えるだろうか?

 私たちは傷や痛みを心のうちから振りはらいたくなるが、パウロは自分の痛みを表に出すことによって、その模範を示した。「デマスはこの世を愛し、私を見捨ててテサロニケに行ってしま」った(テモテの手紙二4章10節)。私はこれ以上の悲嘆はないと思う。ある人は私たちを攻撃する。「銅細工師アレクサンドロは私にひどい仕打ちをしました」(4章14節)。その傷は深いものだった。またある者は、長年の友情の末、私たちの元から離れます。「アジアにいる者たちは皆、私を離れて行きました」(1章15節)。

 あまりにも多くのクリスチャンが牧師を宗教的な商品のように扱っている。必要な時には熱くなり、もっと良い人が現れると使い捨てにされる。

 パウロは自分の経験を脇に置くことなく、自分の痛みを訴える。人々はあなたを傷つけた。ある人は故意に、ある人は無視して、しかしとにかくあなたは苦しんできたのだと。パウロは自分の苦しみの中でもがき苦しむことはなかったが、その苦しみを詳細に描写している。しかも、それは彼の手紙だけだ。ルカやテモテとの彼の会話はどうだったか想像してほしい。

 他人から受けた傷を癒すためには、その人が何をしたかを明らかにし、それを主や信頼できる友人と分かち合うことが大切だ。パウロは自分の傷について透明性を持っていた。彼はそれを名指しし、悲しんだのだ。多くの場合、このことは私たちが思っている以上に時間がかかる。もし私たちが悲しみを無視するなら、悲しみはやがて私たちの忍耐の限界を超えてしまう。

 激しい心の痛みの時期に、私は画家の藤村誠の講演を聴きに行った。彼は金継ぎを通して、苦難の中に神が働くことを説明した。金継ぎとは、日本の茶碗の繕いの芸術だ。割れた茶碗を高価な純金で組み直し、金箔の小枝が曲がりくねった美しい茶碗を作る。藤村は「直すのではなく、より美しくするのだ」と言い切る。神は私たちを癒したいだけではなく、苦しみを通して美しくしたいと願っておられるのだ。

 藤村の話を聞いた後、私は友人に向かって、質疑応答が始まる前に帰ろう、と言った。私は感情的になっていて長居をする気にはなれなかったが、最終的に私たちは残ることにした。質疑応答の途中で、藤村の奥さんのシムさんが「マコ、大事なことを言い忘れていたよ。茶人は繕いを始める前に、破片を手に持って、壊れた破片に敬意を表す。私たちは、自分の人生の壊れた部分を手に取り、それを称えなければならないのよ」と言った。私は嗚咽し、声をあげてしまった。これこそ、神が私に求めておられることなのだ。心の壊れた断片を尊ぶことなのだ。

Björn EichenauerによるPixabayからの画像

 私は教訓を学び、ミニストリーに戻りたかったが、神様は私が痛みや悲しみと向き合う時間がもっと必要だと知っておられた。あなたが尊ぶ必要のある壊れた部分があるか? あなたがミニストリーを振り返る時、どのような物語や傷が心に浮かぶのか? あなたはそれらを掘り起こし、名前を付け、どのように感じるかを書き出し、それらの中に神の介入を求める必要があるかもしれない。天の父の前で、あなたの感情がそれらの経験に追いつくための時間を作るべきだと。

 イエスはご自分が経験した心の傷を称えるために時間を取られた。彼は涙を流した。イエスは「痛みの人で、病を知っていた」(イザヤ書53章3節)。そして裏切られた夜、「死ぬほど苦しい」(マタイによる福音書26章38節)と言われた。やるべきことが山ほどあるミニストリーの中でその苦しみを埋もれさせるために、強い態度で臨みたくなることがある。しかし、神もまた私たちに働いてくださる。パウロはガードを下ろした。イエスは涙を流された。私たちもまたガードを降ろし涙を流すことができる。

 私たちは痛みと向き合い、悲しんだ後、それらをそのままにしといてはいけない。たとえよく悲しんだとしても、つらい記憶がよみがえることがある。私は自分の失ったものを嘆きながら、聖書を開いて自分の傷を調べた。イザヤ書53章、哀歌3章、詩編62編の中で、キリストは私に個人的に、そして深く出会ってくださった。イエスはこの苦しみを通して、私により多くのご自身を現してくださった。泣いているイエスは私のそばにひざまずいてくださった。悲しみの人が私を慰めてくれたのだ。これは貴重な贖罪の体験だった。それはすべて価値があることだった。

 聖書のページを通して、私は自分の悲しみをイエスに委ねた。そして、それらを彼のもとに明け渡し、その知恵と配慮に満ちた計画を信頼することを選んだ。その結果、私の苦しみは美を生み出す機会となった。

 その週、藤村氏の講演を聴くことになるとは知らずに、私の母は、何年も前に彼女自身が苦しんでいた時期に私が送った金継ぎの鉢の写真を送ってくれた。そこには、「あなたの人生のいたるところに金が見える」というメッセージが添えられていた。そのとき私は暗闇の中で神様が何をなさっているのかわからなかったが、他の人は見ることができたのだ。

 兄弟姉妹よ、神はあなたの壊れた部分を金色の線で癒したいと思っておられる。神の美しい働きに自分自身を明け渡そうではないか。神は素晴らしい恵みを与えてくださるのです。

 私がこれらの経験を分かち合うとき、神はその贖いの価値を他の人々の人生にも広げてくださった。多くの人は自分の痛みと向き合い、壊れた部分を尊重する方法を知らないので、この希望から遠ざけられている。私たちは自分の弱さの中にあるキリストの強さを分かち合うことで、苦しみの中にあるイエスの贖いの御業への扉を開いているのだ。

 もちろん、牧会は痛みや苦しみばかりではない。神は私たちに良い贈り物も与えてくださる。パウロは他者から受けた傷を認めながらも、テモテ、ルカ、マルコ、プリスキラ、アキラ、オネシフォロとの交わりを回想している。彼はオネシフォロに、脱走したフィゲロスやヘルモゲネス(15語)の3倍の語数を費やしている(45語)。これは意図的なものだ。

 私たちをリフレッシュさせる人間関係の時間を作ることは大切なことだ。私たちの人間関係の多くは、罪や苦しみや葛藤にまみれている。リフレッシュできる人間関係のバランスが悪いと、私たちは簡単に重荷に打ちひしがれてしまう。命を与えてくれる教会のメンバーや友人と会う機会を持とう。励ましを必要としていることを伝え、一緒に祈り、彼らにリフレッシュさせてもらうべきだ。

 神様の良い贈り物は常に私たちに与えられているが、私たちはそれを喜ぶことを選択しなければならない。困難な時期には、私たちはしばしば、困難なことだけを見る能力を身につける。意図しなければ、たちまちネガティブなことに向かってしまうのだ。

 1週の間に、10年間一緒にいた教会員が町の別の教会に移るとメールで知らせてきたり、あるスタッフが突然辞めることを決断したり、ある町のグループがリバイバル的な成長を報告したり、結婚30年目の夫婦のカウンセリングが離婚に傾いたり、宣教師のパートナーを通して福音が大きく前進したという報告を読んだり、長老たちが預言的でパワフルな励ましを受けたりした。

 しかし、私は否定的なことばかりに目を向けていたため、神様のすばらしさを見失っていた。そのことを神様に諭されたとき、私は神様のすばらしさを認識するだけでなく、楽しむことができるようになったのだ!そして、一つひとつの恵みを思い出しながら、それぞれに感謝の気持ちを表すようになった。

 また、神様の恵みを楽しむために、私は励ましのメールを削除しないようにしている。その代わりに、受信トレイから特別なメールフォルダーに移し、保管しておくのだ。牧会においてネガティブなことばかりに目が行きがちなときは、そのフォルダを開いてメールに目を通し、一時停止して1通読むのだ。この習慣は、私が教会を大切にし、神様の善意が働いているのを見るのに役立っている。

 最後に、私はパウロが教会のために祈った方法に感銘を受けている。彼は教会の問題をよく知っていたが、ひんぱんに教会のために神に感謝することを選んだ。エフェソの信徒への手紙では、「祈りの度に、あなたがたのことを思い起こし、絶えず感謝しています」(1章16節)と書いている。この文脈では、教会の信仰と愛の報告に感動し、それに応えて感謝を捧げているのだ。

 教会を考えるとき、その失敗を思い出し、会衆の不在を見、未開発の可能性に注目することがあまりにも多いのだ。しかし、パウロは教会を思い出すとき、神の良い贈り物に注意を払い、その観察を祈りの中で感謝の機会に変えた。私たちもまた、感謝をもって教会を思い出し、牧師の痛みに働く神の贖いの業に心を開き、神の恵みを享受することができますようにと願います。

(翻訳協力=中山信之)

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