【Web連載】「14歳からのボンヘッファー 」(1)こんな生き方もある 福島慎太郎 2022年9月8日

まえがき

 人生はどこで何が起こるか分からない冒険のようなものだ。そして、その旅路は人との出会いで変わるのだと思う。

 人生は綺麗事では済まされない。いつの時代も、「どうしてこんなことが」と驚くことばかりだ。人間は揺れ動きやすい。だけどそんな時に自分を支えてくれる言葉が一つでもあれば、それだけで続く道の景色が少しは変わるはずだ。

 ディートリヒ・ボンヘッファー。彼は牧師として活動している最中にヒトラー暗殺計画に加わり、最後は処刑されたという波乱万丈な生涯を歩んだ。この人はいくつかの書物を残しているが、とにかく難しく、そして面白い。机の上からではなく、社会と獄中の中で生きた人だ。その言葉はすべてが深く、リアルなんだ。

 この連載では、ぼく自身が14歳の時に聞いておきたかったボンヘッファーの言葉を紹介したい。もしこれを読んで、誰か一人でも少し生き方が変わったり、悩みが晴れるならば幸せだ。

こんな生き方もある

 ぼくは今25歳で、牧師になるための勉強をしている。ボンヘッファーを初めて知ったのは20歳の時だ。14歳でこの人の名前を知っていた人はいるだろうか。知っていたら一人前、今日知っても一人前。実はこの人、キリスト教界ではちょっと有名な人なんだ。

 どうして有名かというと、一つはこの人の生き方にある。

 ボンヘッファーは獄中で処刑された。理由は先にも書いたがヒトラー暗殺計画に関わったからだ。彼は大学教授や牧師として活躍し、ヒトラーがドイツを支配していた時も他の国へ逃げることができた。だけど、そのすべての選択肢を捨ててドイツに残り、どうにかしてこの国が、そしていま目の前にいる人たちが明日を生きていくことができるようにと努力した。もし同じ状況に遭遇したら、みんなだったらどうする?

 正直、厳しいと思う。周りを見ていても分かる通り、どれだけ綺麗な言葉が語られたとしても、社会では強い者だけが生き残るし、弱い人を助ける人なんてわずかだ。ましてや命をかけて、見ず知らずの隣人を助けるなんておとぎ話でしかない。

 だけど、ボンヘッファーは違った。彼は明日死ぬかもしれないという不安をもろともせず、仲間のために戦った。しかも彼は自分の人生をうらむようなことはせず、むしろ毎日聖書を読み、感謝をし、祈りと共に生きていた。これがボンヘッファーの注目される理由だ。

 彼の生き様を振り返って感動するとともに、ぼくは一つの疑問がずっと頭にあった。それは「なぜそんな生き方ができたのだろう?」ということだ。

 ぼく自身、毎日自分の心配をしている。将来の夢や結婚、お金のことなど。「誰かを助ける牧師になりたい!」と周りには言っている。だけど、ふたを開ければ他人のことよりいつも自分のことが出てくる。そんなぼくにとって、ボンヘッファーの生き方は憧れと同時に不思議でもあった。

 ある日、この疑問を解決すべく彼の書物を片っ端から読んでみた。すると、ある詩を見つけた。それは、処刑される数カ月前に書かれた「私は何者か」だ。これを読んで、ハッとさせられた。

私は一体何者なのか。この孤独な問いが私をあざ笑う。
私が何者であるにせよ、
ああ神よ、あなたは私を知り給う。
私はあなたのものである。

 「ここに彼の生き方の中心があるんだ」。ぼくはそう思った。どれだけ突き詰めても自分のこと、もっと言うと将来のことや、過去にどうしてこんなことが起こったのかと考えても答えは出ない。ボンヘッファーもそのことを知っていた。

 ぼくたちの悩みの種はなんだろうか? 「将来の進路が不安だ」という未来のことから、「自分は親にひどいことをされた」という過去のことまで、悩みや苦しみはいろんな方向からぼくたちの心を攻撃する。しかも、どれだけ悩んでもその答えは出ない。

 だけど唯一、その理由を知っている人がいる。それが聖書の神だと言うんだ。この神様はあなたのすべてを––あの時の苦しみや、見えないところでの努力や葛藤、そしてあなたの未来すらも––知ってくれているんだ。自分には分からずとも、他人には理解されないことがあったとしても、唯一分かってくれる方がいる。だから、今日も生きることができる。これがボンヘッファーの生きる原動力であり、彼の信じた神様だった。

 今日、この連載を読んでいるあなたにもいろんな悩みがあると思う。だけど、あなたは一人じゃない。あなたをよく知ってくれている人が隣にいるんだ。だから今日も、その一歩を踏み出そう。

 ふくしま・しんたろう 牧師を目指す神学生(プロテスタント・東京基督教大学大学院)。大阪生まれ。研究テーマはボンヘッファーで、2020年に「D・ボンヘッファーによる『服従』思想について––その起点と神学をめぐって」で優秀卒業研究賞。またこれまで屋外学童や刑務所クリスマス礼拝などの運営に携わる。同志社大学神学部で学んだ弟とともに、教団・教派の垣根を超えたエキュメニカル運動と社会で生きづらさを覚える人たちへの支援について日夜議論している。将来の夢は学童期の子どもたちへの支援と、ドイツの教会での牧師。趣味はヴァイオリン演奏とアイドル(つばきファクトリー)の応援。

イラスト=a.marin

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