【教会では聞けない?ぶっちゃけQ&A】 夫の実家でお参り? 平岡正幸

Q.夫の実家が熱心な檀家で、帰ると必ずお参りをさせられます。姑との関係を考えると断りにくいのですが、帰省するのが苦痛です。(40代・女性)

 ご質問は、祖先祭祀(そせんさいし、先祖崇拝とも言われる)へのキリスト教信仰のあり方に関する難しい質問です。

 キリスト教としてどのように祖先祭祀を取り扱えばよいかという決着はいまだに出ていません。聖書の立場からは、偶像崇拝と取り扱われてきました。

 しかし、クリスチャンであってもそうでなくても、先祖がいて自分が今生きていることには変わりはなく、先祖を神格化することなく、故人を「想い起こす」ことによって、今生かされている神信仰と結びつける、という新しい考察もされています(2003年5月 JICE公開講座「いま、葬儀を問う2」)。

 問題なのは、先祖の神格化です(出エジプト記20章3節「あなたには、私をおいてほかに神々があってはならない」)。キリスト信仰は明確に、先祖祭祀に対するその点は受け入れることはできません。

 しかし先に紹介した最近の新しい考察は、墓前でどのような理解をもっていればよいか、の参考になると思います。姑との関係を気にかけておられるようです。姑がいるので今愛する私の夫がおり、それをさかのぼって考えることで先祖のお墓を考えることができると思います。これは、先祖を神格化することなく、故人を「想い起こして」、今いる生を感謝することになるでしょう。この理解をもって手を合わせるなら、偶像崇拝とはならないと考えます。肝心なことは私たちの理解の仕方ですから。

 先祖祭祀に対する具体的な理解の仕方は、教派教会、教職者によっても違いが出てくるところだと思います。それで、お墓参りの件で「姑との関係」で悩んでおられるという質問でしたので、そのことを中心に考えたお答えとさせていただきました。

 ひらおか・まさゆき 1950年、福岡県生まれ。日本ルーテル神学大学神学部(現ルーテル学院大学)、日本ルーテル神学校卒業。83年より日本福音ルーテル教会牧師。85年から統一協会、94年にはオウム真理教信者の脱会支援に着手するなど、長くカルト問題に取り組み、カウンセリング活動を続けた。共著書に『マインドコントロールからの解放』(三一書房)、『啓示と宗教』(サンパウロ)など。2009年、58歳で逝去。

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