緊急対談 統一協会問題を切る 和賀真也×川崎経子 若者はなぜ「カルト」に魅かれるのか 【再録】1993年7月3日

 合同結婚式や霊感商法、山崎浩子さんの脱会騒動などで世間の注目を集めた統一協会。これらの報道に伴い、その活動の反社会性などが指摘されているが、日本のキリスト教界は、統一協会の問題をどうとらえたらいいのか。またこの問題を通して、キリスト教界は何を学びとることができるのか。脱会者からのアンケートをもとに、早くから統一協会からの救出活動にたずさわっている川崎経子氏(日本基督教団谷村教会牧師)と和賀真也氏(セブンスデー・アドベンチスト牧師、エクレシア会代表)にこの問題について語り合っていただいた。(編集局)

川崎――マインドコントロールで心を悪用
和賀――脱会後のケアが重要

司会 まずは、このアンケートをご覧になった感想からお伺いしたいと思います。

川崎 大体予想していたような回答内容でした。統一協会の中ではとてもいい人間関係があるんです。本当にきらきら輝くようなものを見せるんですね。そこに人生の目的、希望を見いだして入っていく。ですから彼らは本当に純粋で熱心なんです。それがマインドコントロールによって悪用されていくことが非常に悲しいことですし、この社会悪を絶対に許しておくことはできません。アンケートの中にも心の中が空っぽになってしまったという嘆きがありますが、脱会者はそういう苦しみの中にあるということです。キリスト教界はもちろん、世の中の人がもっと統一協会のことを理解して、対応していってほしいと思います。

和賀 十日ほどでこれだけの濃厚なアンケートが寄せられたということから分かることは、統一協会をやめた方々は依然として、真剣な模索状態にあるということです。喘(あえ)ぎの声と言いますかね、真剣な訴えがここに寄せられていると感じます。こういう声に応えていくのが教会の役割だなとつくづく思わされます。

司会 特に「日本のキリスト教界に望むことは」という質問に対して、脱会者のキリスト教界に対する厳しい見方、また期待もあるわけです。

和賀 私も以前(八〇年)、同じようにアンケートをとりました。今回のアンケートと比較してどんな差異があるのか興味をもって読んだんですが、キリスト教界に対する彼らの認識や期待は、十三年前に私がお尋ねした時とさして変わってないという印象を持ちました。

司会 ということはキリスト教が人々のニーズに何も応えてこなかったということになりますか。

和賀 厳しいことになるかも知れませんね。

司会 説得の成功のためには何が必要ですか。

和賀 説得の一番のポイントは信頼関係なんです。相手はこちらを悪党だ、サタンだと思ってますから、まず彼らとの間に信頼関係を築く。それができればほとんと解決は間違いないといっていいくらいなんです。もしその場で解決できなかった場合でも、次回の解決へとその信頼をつなぐことです。親御さんにも「人間が人間の心を変えるのではなくて、神様が変えて下さるんだから、今回がだめでも次の機会があります。それを信じて正攻法で行きましょう」と言ってるんですよ。

川崎 本当に信頼関係は必要ですね。(救出側は統一協会から)とても悪く言われてますのでね。会ってみて、おやっと思ってくれたら、そこから道が開けてきます。理性では分かるようになるんです。文鮮明はどうやらメシヤじゃなさそうだ。原理講論も間違いだらけだと。それでも抜け出せないのは統一協会の人間関係なんですね。ですから親の愛がそれに勝らなければならない。親が本人をどう理解してあげられるかにかかってくるんです。

司会 この問題は専門家に頼りがちなところがありますが、せめて教会で対応できないものでしょうか。

川崎 最初に相談を受けた牧師が最後まで、説得の牧師と共同でやって下さると一番いいと思います。そうすると新しい説得者を起こしていくこともできるし、また始めからかかわった牧師がその後のケアもできるわけですよね。私たちも資料をお送りしたり、お電話などで協力していきたいと思います。

 私も最初は無手勝流でした。都留文化大学の学生が飛び込んできましてね。資料は何もなし、うろ覚えの知識で、「確か文鮮明というのは韓国人だったわね」という感じで…。その時は無我夢中でしたが、ことの重大さに驚きましてね。こんなに深く洗脳されてしまうのかと。でも当時は洗脳もまだそれほどでもなかったですから、今よりやりやすかったと思いますね。

和賀 以前と今は違うんですよね。統一協会はその対策専門の教育が徹底してなされてます。そういう人々に挑戦して救済をしていくためには、統一協会のことを熟知する必要があるんですね。カウンセリングの技術、聖書の知識などに加えて、生のデータも必要です。この新聞にはこう書いてある、この週刊誌はこう言っているというのでは効果がないんですよ。統一協会の内部から発行しているものが必要なんです。それらが撤ってないと、なかなか難しいですね。さらには脱会者が牧師と協力して助言をしてくれれば、最高の環境だと思います。ただ統一協会の内容が非常にお粗末なことが多いんですよね。それで、馬鹿にしてしまって相手にしないというようなことが、時折あるようです。頭からどやしつけられて、それがキリスト教界に対して愛想をつかすというような結果になってしまう。魂の問題に触れるという厳粛さをもってかかわることが、どんな人が相手であっても必要だと、いつも自戒させられています。

川崎 私は三つハードルがあると思うんです。一つは説得前の家族のケア。次に説得。最後に脱会後のケア。一番大変なのが脱会を決めてからのケアです。だからこそ説得前の家族のケアも重要になるんですね。ですからこのようなケアのことでも、一般の教会でもっと考えていただけるとありがたいと思うんです。

和賀 統一協会から脱会するということだけでは解決にならない。問題は脱会後、それでは、改めて真理とは何かということをもう一度探求し、本人が確かな真理に出会うという体験にまで導く、そこまでをして救出と考えています。そしてその難しさを突破していくたった一つの道は、彼らが求めていた真理にもう一度出会えるように、聖書からアプローチしていくということ。それが牧師としての役割だと思うし、この難しさを突破する最大の武器であると思っているんです。

和賀――酸欠状態にある魂の渇き
川崎――教会牧師は命かけて

司会 日本基督教団とエクレシア会の姿勢でちょっと違うところは、教団の先生の場合、脱会まではお手伝いするが、その後はそれぞれの自主性に任せるというところが大きいように感じますが。

川崎 そうですね。教団の働きは、どちらかというとマインドコントロールの呪縛から解き放つだけ。でもそれがもう福音なんです。脱会後は非常に心が空虚になっているんですね。そのような時に、しがみつくような思いでキリスト教に入ってしまうんじゃなくて、まず自分で人格を取りもどさせるんです。これにも相当長い月日がかかるんですよね。ですから救霊、受洗まで面倒を見るとなるとかなりの期間必要ですね。

和賀 おっしゃる通りです。確かに簡单ではないですね。

川崎 私のところは二、三年経ってから、「洗礼を受けました」という報告の手紙が来たりするんですよね。「しばらくの間、私は宗教から遠ざかります」と言ってた方が洗礼をお受けになったりとか。

司会 脱会者が洗礼を受ける率は、ある牧師の場合は約一%だそうです。いわゆる日本のクリスチャン人口の一%とほぼ等しいということですが。

和賀 エクレシア会は十三年になりますが(八十年に創設)、脱会者約四百人のうち百二十人くらいはクリスチャンになっています(三〇%)。文鮮明を再臨のキリストだと思っていた方々ですからね。では本物の救い主は誰か。その問いに対して私は牧師ですから答えられませんとは言えません。真実の救い主はイ工ス・キリストだ、とお伝えするわけですね。三十%でも少ないくらいで、私はもっと多くの人々に本物に結びついてほしいと思って働いています。

司会 「日本のキリスト教界に望むことは」という質問に対して、先生方ならどのように答えられますか。

川崎 この問題は神学論争ではなく、現実の問題、魂に触れる問題ですからね。一人ひとりの魂をもっと大切にしなから接していくことが必要です。彼らは命がけですよね。命がけで信じて、体当たりしてくる。逆に私たちは引っ込んでしまって、教会が今や上品になりすぎていると感じます。牧師先生方は書斎からもっと出てきて頂きたいという感じです。キリストは十字架にかかって、血を流されました。ですから教会がキリストのみ体である以上、教会は血を流して、泥まみれになって損をしていかなけれはならない所がある。これこそ私は福音の働きだと思います。

和賀 キリスト教界は社会の中の同好会的存在のような印象を与えてはいけない、もっと社会の現実問題に対して発言力をもった存在でなければならないのではないかと思います。統一協会問題があろうとなかろうと、社会の現状に対して本当にそうでなければならないと思うし、自分もそうありたいと思います。

司会 アンケートを見て感じたことは、統一協会には魅力があるが、教会には魅力がないという指摘が多いようですが…。

川崎 人間関係が大きいですね。一人の人のために断食や水行までするんです。そしてどうしても愛せない人は愛せるように祈りぬくんですね。とにかく話を聞いてあげて、相手の欠点も何も丸ごと受け入れるんですよね。統一協会は一人ひとりのニーズを的確に、いち早くつかみます。私たちの方も、もっと一人ひとりに対する細かい配慮というものが必要なのかもしれません。

和賀 統一協会の青年たちは失敗をしても何も恐れず、現場に飛び込んでやっている先輩たちをまのあたりに見るわけですね。マスコミに袋叩きにされても、プラウン管に出てきては恥をさらしながらでもやってる。信仰を社会の中で実践していく体験を彼らが与えている。統一協会はよくクリスチャンを批判して、サンデークリスチャンだとか、週に一度だけのクリスチャンだとか言うんですけれども、パートではなくて全時間神樣のご用のために時間を使っているんだという意識で、信仰生活がもっと具体的に行われなければならないんじゃないかと思います。

司会 「日本の社会に望むことは」という質問に対してはどうでしょうか。

和賀 この問題を通して見える日本の社会は、魂の酸欠状態がどれほどあるかということに対してあまり理解がない。経済大国を作り上げて、いい学校、いい会社に入れることに夢中になっている父兄(原文ママ=保護者*編集者注)の方々が多いんですね。そういう方々のご相談を受けて、解決しても、たまに聞こえてくる言葉があります。「毒(キリスト教)をもって毒(統一協会)を制するんだな」と、そのように何か利用する程度の教会であったり、牧師であったりする。日本の社会が、キリスト教に対してそういう認識しかないということはちょっと淋しい気がします。それだけに私たちはこの問題を通して、キリスト教界が何をなしうるかを逆に示し得るチャンスでもあると思うんですね。

 川崎先生がおっしゃるように、書斎から現場に出るというのは同感ですね。教会というと普通、摩擦を避けたり、衝突を避けたりするきらいがありますが、それを恐れて、なすべきことをなさなかったら一体どうなのか。ボンヘッファーは「他者のために存在してこそ教会である」と言っていますが、返り血を受けても、魂の必要に応えていくということがどうしても必要だとつくづく思わされます。

川崎 教育の問題もあげられると思います。今は素直な子に育つのがいいかのように思われてますよね。でも私は素直が決していいことではない、自分の正しい判断を持って、それを正しく主張できないといけないと思うんですよね。教育も宗教も目指しているところは、個別化、自立だと思います。一人ひとりが自分の立場できちんと考えて、自立していくこと。これができれば他人をもまた尊重できるようになります。家庭にあっても、家族同士話し合う場がないんですね。統一協会の問題で初めて家族が本当に話し合う。子供がこんな問題を抱えていたのかと親がびっくりするわけです。人生の根本問題に触れるような話が家族でなされていないんです。

和賀 本当にそうですね。脱会者から出てくる異口同音の言葉は、どうして自分はこのことに気付かなかったのかということです。チェックすべき所をチェックしない。そういう本当の意味での批判精神を培う教育がなされていないのではないでしょうか。やはり統一協会問題というのは、単に統一協会を叩けば解決というのではなくて、もっとその下地にあるもの――社会とか学校、職場といったところにも要因があると思いますね。

川崎 私たちは本人にやめなさいということは一度も言いません。キリスト教の信仰を持ちなさいと推しつけもしないし、親にも「やめなさいと言ってはだめです」と言っています。本人の判断ですよね。ですから、資料を示して、判断をしてもらうことをやってるだけのことです。

和賀 本来、真理を求めて入ったわけですから、それが真理ではなかったということに気付くと、おのずからやめるのであって、統一協会が盛んに言うところの、洗脳とかマインドコントロール、改宗ではないんですね。

川崎 脱会者の方が教会に長く滞在されればされるほど、聖書に非常に興味をお持ちになるんです。三位一体とは、復活とはどういうことですかと。今うちでケアしている人たちの半分はそうですね。二回のうち一回はキリスト教の話、そして一回は統一協会の教義との間でもやもやしている部分、霊界をどう考えたらいいのか、永遠の命と霊界との違い、手相は当たるのか、それをどう考えるか、そういう話までやってるんです。

和賀 一般の教会のシステムだとなかなかそこまで事細かく、いつでも牧師に聞けるというシステムはあまりないんですよね。ただそれが大事だと思うんです。この問題を通して、本人だけではなく、本人の家族も聖書に対する関心が高まりますよね。これが素晴らしいことなんですよ。

川崎 「絶対に死ぬまで教会なんかに足を踏み入れることなんてないと思ってたが、今教会に来て、聖書を読むようになり不思議だ」と親は言いますよね。

和賀 今の日本のあの忙しい世代に伝道することが難しい中で、統一協会問題は聖書の世界を紹介するいい機会だと思います。

司会 本日はお忙しいところ本当にありがとうございました。さらなる活躍をお祈りしています。

*以上は(一九九三年)六月十一日(金)にキリスト新聞社で行われた、川崎氏と和賀氏の緊急対談の内容を編集局でまとめたもの。

川崎経子
 かわさき・きょうこ 一九二九年東京都生まれ。五七年中央大学修士課程修了。八十年日本聖書神学校卒。現在、日本基督教団谷村教会牧師。著書『原理に入った若者たち――救出は早いほどいい』(原理運動を憂慮する会、八五年)、『統一協会の素顔――その洗脳の実態と対策』(教文館、九〇年)

和賀真也
 わが・しんや 一九四二年千葉県生まれ。七二年日本三育学院神学科卒。セブンスデー・アドベンチスト金町教会、八王子教会牧師を経て、現在、エクレシア会代表責任者。著書『統一協会――その行動と論理』(新教出版社、七八年)、『統一協会と文鮮明――青年たちの心理を探る』(新教出版社、八一年)。

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