明治学院大が公開講座 「宗教は暴力や争いの原因なのか」多角的に議論 2022年11月3日 

 明治学院大学キリスト教研究所(久保田浩所長)は10月8日、同大学横浜校舎(横浜市戸塚区)で「宗教・暴力・戦争(紛争)――歴史から見る現在」と題する公開講座を開催した。イスラーム世界、パレスチナ問題、中国キリスト教、仏教、メディアと宗教など広範なテーマから、ロシア・ウクライナ戦争、ミャンマー軍事政権、統一協会など、具体的なトピックに至るまで、5人の識者がそれぞれの研究分野から混迷を極める国際社会をめぐり議論を展開した。

 パネリストとして登壇したのは、島薗進(東京大学名誉教授、宗教学・日本宗教史)、塩尻和子(筑波大学名誉教授、イスラーム研究)、黒川知文(愛知教育大学名誉教授、ロシア宗教史・ユダヤ史)、アレクサンダー・ヴィーシィ(明治学院大学国際学部准教授、日本仏教社会史)、渡辺祐子(明治学院大学教養教育センター教授、中国近代キリスト教史)の各氏。司会は久保田浩氏(明治学院大学国際学部教授、近代ヨーロッパ宗教史)が務めた。

 島薗氏は「新たな覇道政治と宗教復興勢力」と題して発題。国際社会における政治の特徴と宗教勢力の関係についてロシア、中東、アメリカ、日本など幅広い対象を取り上げながら分析し、「現代社会は政治団体と宗教団体とが互いに利用し合う関係。右派的アジェンダによる一致もあり得るが、それ以上に利益価値の追求であり、新自由主義時代の中で宗教がおかしくなり、政治もおかしくなっている」と述べた。

 塩尻氏は、「宗教と暴力――イスラーム過激派のテロはなぜ起こるのか」と題し、イスラーム過激派のテロは宗教が問題ではないという観点からイスラーム世界の歴史と宗教的特徴、偏見の問題を指摘。「ジハード」の本来の意味を確認し、アフガニスタンとタリバーンの歴史も振り返りつつ、旧ソ連やアメリカなど超大国の都合で差別と不平等を受けてきた歴史がテロリズムを加速した要因の一つであるとも述べた。対テロ戦争という紛争ではなく、紛争を最小限に抑える対テロ戦略、平和的共存のための継続的な人道支援の必要性も訴えた。

 「ウクライナ侵攻と正教」と題して発題した黒川氏は、ロシアと正教会の関係性を改めて解説し、世界中の正教会は原則的に国ごとで独立しており、内政不干渉であるが、近年におけるロシア正教会とロシア政権の関わりはプーチン体制における「ヴィザンチンハーモニー(教権と俗権の一致)」の復活であると指摘。ロシア侵攻はかつてヒトラー時代のドイツ、大日本帝国が掲げた理想、侵略、目的に共通点があるとし、プーチン体制は「人類史において最も集中化された支配権力体制の一つ」と述べた。

 ヴィーシィ氏は「仏教・歴史・暴力(紛争)」と題し、平和的で政教分離が徹底されているイメージを持つ仏教の暴力との歴史、現代の仏教復興運動を取り上げた。特にミャンマーにおける排外主義的で暴力的な活動も容認する「969運動」「Ma Ba Tha」を紹介。仏教も政権と結びつくことがあり、宗教がどのように理解され、また利用し合われるのかの一例を示した。また、宗教メディアの解釈による大衆への影響など、メディアと宗教の問題についても示唆した。

 渡辺氏は、「中国における宗教と暴力を近代以降の歴史から考える」と題して発題。中国近現代史を振り返りながら、現在の中国では「宗教の中国化」と厳格な取り締まりにより管理が進められるようになっており、至上命題としての一党独裁である「党国体制」の維持が第一に優先されること、歴史的に見て「白蓮教の反乱」「太平天国運動」「義和団運動」「キリスト教宣教師の布教権」に対する反乱など、中国における宗教の記憶は内外の暴力によって統治の秩序を破壊する存在であったこと踏まえ、「中国で宗教がどのように扱われてきたのか、歴史的経緯を認識することなしに、今日の中国の宗教政策を読み解くことはできない」と述べた。

 後半のディスカッション、質疑応答では、各発題に対する応答や意見を含め多岐にわたる質問がなされた。「世界における宗教の役割とは?」「宗教は人を幸せにするのか?」といった根幹に関わる質問に対し、各パネリストはそれぞれ次のように応答した。

 島薗氏「私は特定の宗教を持っていないが、現代世界で宗教を失った人間は空虚さに苦しむ。ナショナリズムやイデオロギーなどでは人を支えられない。目に見えないもの、人間が生きる意味を納得させてくれるもの。それは従来、宗教から提示されてきた。しかし、宗教の敷居はますます高くなっている。一方で宗教に対する尊敬心、何かできるのではないかという期待もなかなかなくならない。課題は多いが、変わってきている可能性も見えないわけではない」

 塩尻氏「宗教は人を幸せにするだろう。宗教を信じていないと言いながら何かを熱心に学んだり、信じている人たちがいる。何か自分の心の支えになっているものを持っているというのは、非常時にとても強い力を発揮してくれる。私には神がいるという思いだけで人は強くなれる。宗教の力で政治が変革していくことは滅多にないだろうが、ふとしたことから政治は変わる。変わってほしい、変わるという希望は捨てないで生きてほしい」

 黒川氏「高校2年生の時に信仰を持った。その日から人生は変わった。聖書には魂の救い、隣人の愛があることを知った。宗教も罪人である人間が用いるもの。戦争や戦闘状態の時に宗教は相対化されてしまう。専門家の意見を重視して判断してほしい」

 ヴィーシィ氏「人を幸せにする可能性があるだろう。『宗教』という言葉を使ってしまうと一つの具体的な形になってしまうが、最終的に『信仰』なるものを通して自分を超える可能性があれば、幸せにつながるのではないか」

 渡辺氏「プロテスタントのクリスチャンとして、主観的な幸せであるかどうかは分からないが、一つ言えるのは絶対者の前で謙虚になることを学んでいる。それは人間の限界を知ることであり、自分だけではなく他者の弱さも一緒に受け入れていける。今の社会はあまりにも意地悪な社会。その中で優しい社会を目指す役割を宗教は、信仰は持っている」

 司会の久保田氏は最後に、「私を幸せにしてくれる宗教が、他人を不幸にしている可能性もある。微妙なバランスの上で宗教は成り立っている。宗教も人間の営みであり完全ではないが、その不完全なものを合わせていって、もしかしたら一歩でも先に進めるのではないかという、希望を捨てないことが重要ではないか」と結んだ。

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