【既刊再読 改めて読みたいこの1冊】 『聖母マリア崇拝の謎――「見えない宗教」の人類学』 山形孝夫

『聖母マリア崇拝の謎――「見えない宗教」の人類学』(河出ブックス、2010年)

 カトリック鶴岡教会天主堂(山形県鶴岡市)は、国内で唯一、黒い聖母像を擁する。フランスでは400以上、存在が確認され、多くの黒聖母像が元々は赤や青に塗られていた。しかし、その歴史的由来には諸説ある。大陸ケルトの地母神との関係、遠く古代エジプトの恋歌や旧約聖書の雅歌への遡及、またはキリスト教と一体化したローマ帝国に埋もれた地中海と中近東の様々な黒い女神たちの名残などさまざまだが、結局、なぜ黒いのかは謎のままである。

 本書は、その謎に興味深い角度から切り込んでいる。古代シリアの政権下、メソポタミアの宗教状況において、ユダヤ教内の少数派セクトとしてキリスト教は弾圧されていた。しかし、ローマ帝国の伸長とともに普遍宗教化した。すなわち、アラム語圏からギリシャ・ラテン語世界へキリスト教が広がっていく際、ローマ帝国内で、教会は男性的ヒエラルキーとして確立した。結果、その世界支配への道程において、キリスト教が失ったフェミニティの置き場を、聖霊から教会へ、教会から聖母マリアへと移した。

 10代半ばの田舎娘マリアが、イエスの母となり、やがてキリストの母となる。そして神の母として神学化され、教会の花嫁へと連続し、現在、キリストにも似た「無原罪」と「不死性」を得て「全人類の聖母」となったという。

 山形孝夫(元・宮城学院女子大学学長)は、東北大学出身の宗教人類学者である。国内のキリスト教研究において、東京大学は西洋古典学として聖書を扱い、京都大学は宗教哲学や思想史を起点とし、東北大学は文化人類学的な手法を取った。著者は、ナイル川西岸のコプト教会の修道院を訪ねた『砂漠の修道院』(新潮選書、1987)で、日本エッセイストクラブ賞を受賞。本書でも、その筆致がいかんなく発揮されている。キリスト教の豊穣な伝統に思いを馳せるために、いま再読したい1冊。

【本体1300円+税】
【河出書房新社】978-4309624167

書籍一覧ページへ

TO TOP