【雑誌紹介】 沖縄にアメリカ人司教誕生の意味 『カトリック生活』8月号

 比較文化史家・バロック音楽奏者の竹下節子が『カトリック・サプリ――神の平和と「ちむがなさ」』で《今年二月に沖縄の那覇教区に戦後初めての外国人司教が誕生したことは多くの人を驚かせた。沖縄と言えば、第二次世界大戦で住民を巻き込んだ唯一の地上戦の舞台となって荒廃した後で、米軍による占領統治が口本の主権回復後二十年も続いた。「本土復帰」後も、豊かで美しい南の島々に日本の米軍基地・施設の七〇%以上が集中し、本島面積の一八%以上を占めている》とウェイン・バーント司教について触れている。

 ≪日本人カトリック信徒が六千人ほどしかいない沖縄にアメリカ人司教が誕生したことで、宗教までアメリカに牛耳られるという印象を受けた人もいるという。数は少なくても沖縄のキリスト教は大きな意味をもっている。薩摩と中国の間で平和外交と通商政策をとってきた琉球王国は、清国の衰退と列強の寄港、明治政府による琉球処分を経た国家神道の強制の時代にも民俗信仰と祖先崇拝の伝統を守ってきた。そのような状況で、「現世の覇権争いを超える霊性」を示唆するキリスト教の理念は、米軍や戦争や暴力の対極にあるものだった。

 ウェイン・バーント司教(カプチン・フランシスコ修道会)の誕生はそれを体現するのかのようだ。マサチューセッツ州出身でアメリカのエスタブリッシュメントの側にいたはずのウェイン師は、ベトナム戦争で良心的兵役拒否を貫き、黒人解放運動や麻薬中毒患者を支援してきた。「すべての戦争」への反対を明言し、カプチン会士にふさわしく「フランシスコの平和の祈り」を実践してきたのだ。米軍普天間飛行場近くの教会での礼拝が戦闘機の轟音でかき消される現実を前にして、抗議のために手をつないで飛行場を囲む「人間の鎖」にも参加したことがある。献身と強い信仰と優しい人柄の新司教は大きな喜びをもって迎えられた≫と見ている。

【本体200円+税】
【ドン・ボスコ社】

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