【既刊再読 改めて読みたいこの1冊】 『増補 八月十五日の神話――終戦記念日のメディア学』 佐藤卓己

『増補 八月十五日の神話: 終戦記念日のメディア学』(ちくま学芸文庫、2014年)

 「『堪へ難きを堪へ忍ひ難きを忍ひ以て万世の為に太平を開かむと欲す……』 毎夏恒例のドキュメンタリー映像と共にテレビでくり返される終戦詔書の一節である。さすがに、この部分だけは独特の抑揚と共に脳裏に刻まれている。(中略)『戦没者を追悼し平和を祈念する日』を二分割して、八月一五日を『戦没者追悼の日』、九月二日を『平和祈念の日』としたい。(中略)民俗的伝統の『お盆=追悼』と政治的記憶の『終戦=祈念』を政教分離するのである」

 序章見開きに「玉音放送」が掲載された文庫も珍しい。本書は現在、京都大学でメディア史を講じる歴史学者による「終戦記念日」を巡るメディア史研究、2005年の新書版を増補した文庫版であ る。なぜ日本の終戦/敗戦記念日がポツダム宣言受諾の8月14日でもなく、無条件降伏に調印した9月2日でもないのか。著者は、1982年の「戦没者を追悼し平和を祈念する日」制定への過程を、新聞の「玉音写真」、ラジオのお盆中継、学校教科書の終戦記述を検証し提示する。そして「八月十五日」を非神話し、丸山眞男の功罪を浮き彫りにする。

 本書の問いと提案は、元号とは別の暦、すなわちキリスト教世界観を持つ教会の中から生まれて然るべきだった かもしれない。例えば、1967年の復活祭に発表された『第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白』は、1944年の復活祭の使徒的書簡『日本基督教団より大東亜共栄圏に在る基督教徒に送る書翰』の過ちを忘れないために3月に発表されたのではなかったか。本書の徹底的検証と学術的筆致は、教会が開催する平和祈念行事のあり方に再考を迫るだろう。

【本体1,200円+税】
【筑摩書房】978-4480096548

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