【既刊再読 改めて読みたいこの1冊】 『戦艦大和』 吉田満

『戦艦大和』(角川文庫、1968年)

 吉田満(1923-1979)の名を世に知らしめた『戦艦大和ノ最期』は、日本語戦記文学の記録的作品だ。雑誌「創元」に掲載予定であるにもかかわらず、GHQによる検閲、全面削除となった逸話はあまりにも有名であり、多くの読者を得た。

 「進歩のない者は決して勝たない 負けて目覚めることが最上の道だ 日本は進歩ということを軽んじすぎた 私的な潔癖や徳義にこだわって、真の進歩を忘れていた それ以外にどうして日本が救われるか 今目覚めずしていつ救われるか 俺たちはその先導になるのだ 日本の新生にさきがけて散る まさに本望じゃないか」「貴様は特攻隊の菊水のマークを胸に付けて、天皇陛下万歳と死ねて、それで嬉しくはないのか」「それだけじゃ嫌だ もっと、何かが必要なのだ」

 吉田が記した戦艦大和乗員たちの懊悩である。本書巻末には、小林秀雄らがコメントを寄せている。「一読視野として」と題し、文豪・三島由紀夫は綴る。

 「感動した。日本人のテルモピレーの戦を眼のあたりに見るようである。いかなる盲信にもせよ、原始的信仰にもせよ、戦艦大和は、拠って以て人が死に得るところの一個の古い徳目、一個の偉大な道徳的規範の象徴である。その滅亡は、一つの信仰の死である。この死を前に、戦士たちは生の平等な条件と完全な規範の秩序の中に置かれ、かれらの青春ははからずも『絶対』に直面する。この美しさは否定しえない。ある世代は別なものの中にこれを求めたが、作者の世代は戦争の中にそれを求めただけの相違である」

 吉田満は「死んだ人々の意味」を考えた人だった。戦時の東京帝国大学に入学、学徒出陣となり、1944年、戦艦大和の副電測士として乗艦、大和の轟沈を経験した。

 戦後、1948年春にカトリック教会にて受洗。日本銀行に入行し、監事まで務めた。牧師・鈴木正久(1912-1969年、第7代日本基督教団総会議長・駒込教会)とも懇意の仲だった。「私的な潔癖や徳義にこだわって」いる教会と日本を問う、戦艦大和の手紙から「キリストの手紙」となった吉田満、渾身の1冊。

【本体480円+税】
【角川書店】978-4041281017

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