【既刊再読 改めて読みたいこの1冊】 『関西大風水害 美談と悲話』 大道弘雄 編

『関西大風水害 美談と悲話』(朝日新聞社、1934年)

 本連載の目指すところは、すでに刊行された書籍を再び開き「日本語キリスト教」の一断面を知ることにある。だから比較的入手可能なものを紹介してきた。今回からは稀覯本も交えて紹介したい。

 希少な書物だから、国立国会図書館デジタルアーカイブや研究機関だけで閲覧できるものも少なくない。または現存するものが、街の古書店の底で何十年も寝ていて、それしかない場合もある。しかし、そこに込められた証言は、ときに知られざる、忘れ去られた記録――日本語キリスト教の記憶を現代に呼びさます。聖書の写本でさえ、そうやって見出されてきた。

 例えば、大道弘雄 編『関西大風水害 美談と悲話』は、朝日新聞が1934年にまとめた、西日本、とくに関西一円に大打撃を与えた「室戸台風」の被害報告だ。このような記述がある。

讃美歌を唄いながら天国へ 大阪プール女学校

 大阪プール女学校の5年B組教室では、まさに修身と礼拝の時間が始まろうとしていた。本館東端の二階の教室には片本静子、山口さと子、中島潔子、三島光江、西川壽代、吉満愛子、坂本愛子さんの七人の女生徒が 颶風におびえつつも互いにひしと手を握っていたが、ガラスがパリンパリンと木端微塵にわれて東郷元帥の『思考』の掛軸に雨がサッとかかった。

 『校長室へ持って行きましょう』と七人で外しにかかって、台に乗った吉満さんがやっと軸を手にした刹那、ドシンと物凄い音とともに教室は本館からひきちぎられ約二間も吹き上げられて倒壊した。

 階上の教室、天上の梁の下敷きになって今にも息絶え絶えの三島さんと中島さんとの間に『……讃美歌をうたいましょう』と悲しい囁きが交わされ、片本、吉満、中島さんは苦しい息の下から夢中で神を求める讃美歌を歌いつづけたのであった。そして三島、西川、山口三少女の霊は『思考』の掛軸をヒシと握ったまま永遠に逝き、他の四名は三十七連隊の手 でたすけ出された。

 生徒を救わんとし重症を負い入院中の校長・豊勝篤朗氏(59)は初七日の日、『いとし子は逝きて七日となりにけり神のみまえに安彼とこそ』と重症の手に筆をとってベッドの白いシーツを涙で濡らした。また同校教頭・加納哲雄氏(33)は後者の下敷きになったが木材をはねのけ猛風雨を衝いて急を憲兵隊に告げ、多数の生命を救い出すことを得た。

 ところが堺市三宝緑街の実家では母・稔子さん、妹・保子さんの二人が激流にのまれ溺死した悲報に接したが、氏はこれを隠して三日三晩、死傷生徒の手当てや跡片づけに努めたことが後日にいたり判明し生徒は涙を流して感謝した。

 

 この他、当時の教会と他宗教、他団体による救援活動の記録も収録。2018年9月、列島を蹂躙したいくつもの台風の爪痕癒えぬ今だからこそ、確認したい希覯本といえる。国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可能。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1456252

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