【既刊再読 改めて読みたいこの1冊】 「恩寵のない行程」 山室 静

「恩寵のない行程」(冬樹社、1972年)

 フィンランドからやってきた「ムーミン」ならば誰でも知っているだろう。「ムーミン」邦訳者の山室静(1906‐2000)は、明治末に生まれ平成を経験した文芸評論家・詩人である。ジブリ映画『風立ちぬ』のモデルとなった人物・堀辰雄と雑誌を出していたこともあった。

 一流の文人、著名な翻訳家、文学研究者でもあるがゆえに、その著作と業績は多岐に及ぶ。その中のひとつに雑誌『批評』への投稿が挙げられる。山室は「恩寵のない行程」(1966夏季号「宗教と文学」特集、南北社)と題して寄稿している。

「宗教について私に語る資格があるとも思えない。(中略)当時は宗教文学の盛んな時で、兄は綱島梁川に傾倒したし、ついで『出家とその弟子』をはじめ、江原小弥太の『新約』『旧約』、大泉黒石の『老子』などが世評を呼び、賀川豊彦の諸作もそれに続いた。しかし私はそれらに殆ど無関心で過ぎた」

 雑誌『批評』は、1960年代に文芸批評の観点から様々なテーマを使った。たとえば1966年には「戦争と文学」や「宗教と文学」という主題で、錚々たる顔ぶれを集めて特集を組んでいる。

 この特集では、文人・亀井勝一郎が「歌よむ罪」と題し冒頭を飾る。「宗教と文学」と題して椎名麟三が記し、佐古純一郎「戦後文学の宗教的状況」が語る。座談会には「井上洋治・三浦朱門・遠藤周作」の名が挙がり、三島由紀夫が「太陽と鉄」を連載している。彼らの中で、山室静が異彩を放つ。「宗教を信じるに至れない」日本人の心情を淡々とした文体で綴る。

 「キリスト教は何といっても近代日本で地の塩としての顕著な役割をはたしてきた。しかも一方で、文学者だけを見ても、藤村、有島武郎その他、最初にキリスト教の信仰をもっても結局はそれを捨て去った人が大部分だ。熱心な伝道活動が続けられているにもかかわらず、信者の数もほとんどふえない。こういう点があまり究明されないでいる」

 山室の指摘から50年が過ぎた。ムーミンをもたらした作家の問いにどのように答えるべきか。「恩寵のない行程」は『山室静著作集』3巻(冬樹社、1972年)へ収録。

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【冬樹社】

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