【既刊再読 改めて読みたいこの1冊】 『神を探ねて』 赤岩 栄

『神を探ねて』(弘文堂、1949年)

 「小さな汽船に乗って、瀬戸内海を旅していた。父はどうしても一ヶ所に落着いて仕事の出来ない性質であったので、家族は父の機転とともに、暗転する舞台のように、あちら、こちらと居所を変えなければならなかった」

 1949年の「赤岩栄」問題を覚えている人はいるだろうか。日本基督教団の牧師・赤岩栄がキリスト教信仰と共産党員であることを積極的に両立するとして物議を醸した事件だ。「宗教と政治」が個人の内面に留まることなく、社会的・教会的に表面化した事件でもあった。作家・椎名麟三の牧師として、赤岩を覚えている人もあるだろう。

 赤岩栄(1903~1966年)は、愛媛県の牧師家庭に生まれ育った。本書は、赤岩が幼少期に見つめた瀬戸内海の打ち寄せる波の回想「陽の落ちる水平線」から始まる。

 中学校を中退し、神学校を転々としながら、ついに東京神学社で高倉徳太郎に出会うことで牧師として出発した赤岩の生涯は、続く「父と子」「神に背く思想」「神学校」と章立てされて綴られる。牧師家庭に育つことの悲哀と歪みがナイーヴに率直な文体で語られている。

 赤岩は、戦前にはバルト神学、戦後の反省からは共産主義、後期にはブルトマンに傾倒し、最晩年に『キリスト教脱出記』を出版した。日本キリスト教史において、彼のような人物をどのように位置付けるべきか。

 一人の人格の中で相異なる二つの「政治と宗教」という信条は共存可能なのか。その人を組織と社会はどのように取り扱えば良いのか。そもそも二つの信条の同居は本当に問題なのか。政治と宗教、個人と組織、キリスト教と社会、何が問題なのか。

 終章「牧師の告白」は、独特の神学的昇華によって、宗教文学の域に到達している。「赤岩栄」問題から約70年。本書の問いは色褪せることなく、むしろ色濃くアクチュアルに感じられる。

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【弘文堂】―

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