【雑誌紹介】 「未信者」には宗教的独善の名残が 『カトリック生活』6月号

 連載「キリスト者と思想の交差点」で、御受難会司祭の来住英俊が「カトリック学校と、信教の自由」について《「クリスチャンの教員がほとんどいない学校が、いかにしてカトリック学校でありえるのか?」という問題をずっと考えてきた》と書いている。

 《第二バチカン公会議から出された文書の一つに、「信教の自由に関する宣言」(一九六五年)がある。……この宣言の画期的な意義は、カトリック教会自身が、「人間はキリスト信者にならない自由」があるとはっきり認めたということである。さらに、その「キリスト信者にならない自由」は、キリスト教信仰にとってこそ大事な人間の尊厳の問題であると宣言したことである。この宣言のラテン語タイトルは、Dignitatis humane(人間の尊厳)という。現代のカトリック教会はカトリック信仰を力づくで押しつけようとはしていないが、強制する力をもっていないだけのことかもしれない。もし強制しようと思えば強制できる状況があっても、強制すべきではないということが、この宣言の重要なメッセージだと思う》と。

 《今でも信者間で使われる「未信者」という言ま葉には、いくらか宗教的独善の名残がある。「未だ信者になっていない者」というのは、「いつか信者になるのが当然」という含蓄がある。……むしろ好意的なのかもしれないが、「まだ信者になっていない残念な人たち」と見てしまう目がどこかに残っているのではないか》と。

【本体200円+税】
【ドン・ボスコ社】

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