【書評】 『信仰と建築の冒険 ヴォーリズと共鳴者たちの軌跡』 吉田与志也

 若き伝道者として来日、大正・昭和前期の日本建築史を代表する一人となり、近江兄弟社創立の実業家としても大きな足跡を残したウィリアム・メレル・ヴォーリズ。その生涯と事績を知るうえで格好の一書が誕生した。本書は、ヴォーリズの生きた軌跡をその最大限に解像度を上げた筆致により網羅する優れた物語である一方、基礎となった資料・文献群の膨大さや巻末人名索引の充実度から、周辺領域における今後の通史的研究においても必読の書となることは間違いない。

 さらに注目すべきは、ヴォーリズと協働・関係した人物たちをめぐる幾多の挿話の厚みである。そこには対米開戦直後にヴォーリズへ支援金を下賜した昭和天皇、賀川豊彦やマッカーサーらも含まれるが、殊に著者・吉田与志也が近江兄弟社グループ創立者の一人である吉田悦蔵の孫にあたり、近江八幡に生まれ育っていることは見逃せない。日露戦争のさなか英語教師として近江八幡の滋賀県立商業高校へ赴任して以降のヴォーリズが描いた轍を、琵琶湖畔の輪郭が終始思い浮かぶような鮮やかさをもって読み通せるのは、ひとえに著者自身がもつ土地への愛着ゆえだろう。

 また、国登録有形文化財であるヴォーリズ建築「吉田家住宅」を著者自身が生家とする点も本書を貴重なものとする。自らの身体の延長として建築を捉える感覚の有無は、建築を語る言葉の質を決定的に左右する。しかし歴史的建造物の場合、たとえ現存しても保存上の制約等から身体化の経験を得る者は極めて少ない。ヴォーリズ建築に対する、学術分析や客観評価とは別種の親しさを宿す本書の文体は、それだけでも稀な読書体験の契機をもたらす。

 例えばその早逝をヴォーリズがひどく嘆いた佐藤久勝をめぐり、佐藤が「万華鏡を愛用し、そこから得たインスピレーションで美しい幾何学装飾を生み出し」、造船会社から3倍の給料を提示されても興味を示さなかったなどといった挿話には、本書固有の温度がある。ちなみに近年取り壊された大丸心斎橋店のゴシック内装は佐藤によるものだが、その前身であり1920年に全焼した同じくヴォーリズ事務所設計の大丸呉服店大阪店に関する記述と図版も掲載され、こうした枝葉の先へ至るすべてが興味深い1冊である。

【本体2,800円+税】
【サンライズ出版】978-4883256600

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