【書評】 『復讐の詩編をどう読むか』 E・ツェンガー 著、佐久間 勤 訳

 フェイスブックがきれいな写真や充実した生活の報告であふれている一方で、ツイッターには無名の人々の怒りや憎しみ、悲しみの叫びがあふれている。本書を読んでいると、我々は誰に、どのように耳を傾けるべきなのかについて、考えを促される。

 ツェンガーは言う。カトリック教会は第二バチカン公会議以降、公的な祈りにおいて詩編における攻撃的な内容のものを採用せず、採用されている詩編でも不適切とみなした節を削除してきたと。一方で古来より教会は、それら攻撃的に見える詩編の祈りをユダヤ人や戦争相手への呪いとして安易に用いてきたと。ツェンガーはそのどちらに対しても疑問符を突きつける。

 ツェンガーにとって、詩編における極めて「ネガティヴな」表現は神義論的問いである。つまり、神が支配しておられるこの世界で、なぜこれほどに不正が起こり、不当かつ不条理に苦しめられる人間が存在するのかという問いである。人間が神に祈るとき、一足飛びに受容や感謝にいくとは限らない。「わたしの神よ、わたしの神よ なぜわたしをお見捨てになるのか。なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず 呻きも言葉も聞いてくださらないのか」(詩編22:2)との祈りは、神への怒りや悲しみに満ちた疑問符である。それは神を信頼しているからこそぶつけることのできる、祈り手の本音である。

 ネガティヴな祈りは神を否定するからネガティヴなのではない。激しい感情のあふれる詩編には、神の正義を強く求め、神へと肉薄する人間の真剣な祈りがある。このような祈りを我々はもっと素直に祈ってもよいのだ。同時に、誰かをこのように祈らねばならぬほど追い詰めてはいないかという、自らの加害性にも想いを馳せねばならない。

【本体3,600円+税】
【日本キリスト教団出版局】978-4818410428

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