【書評】 『殉教の記憶・記録・伝承 津和野キリシタン史記述再考』 三輪地塩

 幕末に起こった「浦上四番崩れ」に始まるキリシタン弾圧で、3千名を超える信徒が全国20の藩に流配された。なかでも津和野(現・島根県津和野町)では、厳しい説諭と拷問が行われ、命を落とす者までいた。彼らが信仰の証を立てた乙女峠には、今も巡礼者が絶えない――。が、しかし、一人の信徒の死が「殉教」とされるまでには、どのような「語り」があったのだろうか。

 従来の「限りなく美化された殉教史」となりがちだった「語り」の本質に迫り、如何なる出来事であったと「記憶され」「記録され」「伝えられたか」を本書では詳らかに分析している。丹念に叙述を追い、変遷をたどる姿はまるで探偵のようだが、著者は現役の牧師でありキリスト教主義大学の講師。決して飛躍せず、泥臭いほど精密に史料を検証し、緻密な論理を積み上げる。

 最後に提示される結論はこれまでのイメージを大きく覆すものだが、「語り」によって見えなくなっていた部分を見せてくれる。これを好意的に受け止めるか否かは意見が分かれるところだろうが、津和野キリシタン史のフェーズを一段階上げるものであることは間違いない。特に、「氷責め」「聖母出現」「守山祐次郎の十字架」に関しては、従来のイメージを持っている者にはショックであり、痛みを感じるほどだ。感情的になる読者もいるだろう。確かに、本書より前とそれ以降とでは、見える景色が違う。しかし、優れた研究とはそういうものではないか。

 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産が世界文化遺産登録されてから1年半。キリシタンに関する認知度も高まり、殉教や潜伏に関する人々の知識は増えたが、情報を供給する側のキリシタン史研究は進んでいるとは言い難い。一面では大きく進んでいるが、極めて個人的な記憶に負うところの多い津和野キリシタン史については立ち遅れていたというほかない。

 本書を通じて、キリシタン史における「語り」の研究が進み、津和野キリシタン史が再考される機会となることを願ってやまない。またこのような意欲的な研究が評価されることで、新しい研究が生まれる刺激となるのではないかと期待される。

【本体4,200円+税】
【晃洋書房】978-4771033221

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