【雑誌紹介】 礼拝で朗読するのは「神の言葉」 『福音と世界』4月号

 特集=〈家族〉をほどく。「傷を覆う」(寺尾紗穂=文筆家・音楽家)、「コンヴィヴィアルな『男らしさ』と新自由主義」(渋谷望=日本女子大学人間社会学部教授)、「セクシュアル・マイノリティのカップルと異性愛家族」(神谷悠介=中央大学社会科学研究所客員研究員)、「ヤングケアラー・若者ケアラーとその『家族』へのまなざし――〝支援〟や〝対策〟の前に考えておきたいこと」(松﨑実穂=成蹊大学非常勤講師)、「家族を超える」(金在源=北陸学院中学・高等学校教諭)。

 注目は、関西学院大学神学部教授の土井健司の、「教父学入門8 弁証家ユスティノス(2)――神の力としてのロゴス」。「大学で神学を学んでいたころ、旧約学の先生が、礼拝での聖書朗読について決して読みまちがえてはいけない、とおっしゃっていた。なぜなら『あなたがたが朗読するその言葉は、神の言葉』であってあなたがたの声は『神の声』となるから、と。とりわけこの言葉は印象に残っていて、以来肝に銘じている。礼拝において祈りの言葉をよどませることがあっても、聖書朗読はまちがえないように心がけている」と。

 「イエスは雄弁家ではなく、そのためレトリックを駆使した演説を述べたのではない。むしろその言葉は『短く』(ブラケイス)、また『簡潔』(シュントモイ)であったという。そしてそれだけに力強いものであり、『神の力』であったという。イエス自身がロゴスとして神の力であり、それゆえ彼の語った言葉も力強く響き、信頼を生じさせるものであった」のだ。

【本体588円+税】
【新教出版社】

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