【書評】 『民族を超える教会 植民地朝鮮におけるキリスト教とナショナリズム』 松谷基和

 人口比で3割近くを占めるといわれる韓国の「キリスト教」。なぜ、そこまで韓国でキリスト教が流行したのか。隣国・日本との違いは何なのか。一般的な回答は、「韓国のキリスト教界が身命を賭して、帝国日本の植民地支配に抗い、民族主義の体現者・殉教者となったから」である。事実、1984年8月15日、韓国の教会は「キリスト教100周年」を祝っている。しかし本書は、そのような通俗的理解にこそ、学術的に抗う。

 「興味深いことに、この記念礼拝が催された日は、本来の宣教開始記念日である4月のイースターではなく、8月15日であった……このように韓国のキリスト教会が、宣教開始記念日と日本支配からの解放記念日を一致させたのには、明確な狙いがあった。彼らは韓国のキリスト教史を、日本の支配に抵抗した民族の歴史と一致させたかった……」

 著者によれば、当時の韓国/朝鮮は、政治的には帝国主義「日本」の支配下に置かれ、宗教的には植民地化の先兵となった「欧米キリスト教会」に支配された韓国の人々は、いわば、二重の帝国主義に抑圧されていた。著者は、この韓国/朝鮮の固有な歴史的状況を丁寧に洗い出すことで、民族と教会の独立を勝ち取ろうとした、新たな「韓国キリスト教史」を提示する。

 本書の白眉は、6~8章にいたる記述である。宣教師に抵抗した朝鮮人クリスチャンたちの独立教会への試み(6章)、心ある朝鮮の知識人らによる宣教師への批判的言論と運動(7章)は、読者に新たな知見をもたらしてくれる。また、全体の著述を踏まえた上でなされる「三・一独立運動」の再解釈は、「キリスト教的民族主義」の内実を詳(つまび)らかにしている。

 終章では「三・一独立運動」を経て、朝鮮「教会」と朝鮮「ナショナリズム」が一致しなかったことを導き出し、教会に忠実な信徒にとって民族主義との懊悩が深まったことを指摘している。

 なお本書は、著者の博士論文「Church over Nation」の修正邦訳版であるが、一般読者に配慮して平易で読みやすい文体である。「宗教とナショナリズム」研究、また東アジア・キリスト教史において、本書の価値は、今後欠くべからざるものとなる。音楽、アイドル、化粧品だけではない、歴史を交わしてきた「隣人」教会の実像に迫る1冊。

【本体3,800円+税】
【明石書店】978-4750349589

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