【雑誌紹介】 身体感覚を通した変容体験 『福音宣教』6月号

 月間テーマ「こころと体のつながり」。練馬総合病院・漢方医学センター長の中田英之が「からだの救い――東洋医学と聖書の接点はからだにある」として上智大学神学部で行った講義を紹介している。

 「何も見えない漆黒の闇を計器飛行する状況を想像して下さい。飛行中は、心体(意識)はパイロットであり、身体は機体です。パイロットと機体は一心同体ですから、どちらかにトラブルが発生すれば墜落します。もし期待が整備不良で計器が間違った情報を表示したとしたら、パイロットは、何を信じたらよいのか分からずに混乱を起こすでしょう。スピード、角度、目的地まで距離も分かりません。思考が混乱し、不安に陥ります」とは前置き。

 「宣教者として各地を回る宗教家としてのイエスをちょっと脇に置いていただきたい。イエスが治療家として呼ばれて家々に入っているのだと想像して見てみると、実に聖書はイエスの治療記録なわけです。これは、私の治療家としての体験と重なります。例えばマタイ24-25章に書かれる一連のたとえ話は、ひとつひとつ分けるのではなく、ひと続きの話として読むと、イエスの、人を変容に導く指導法のパターンが透けて見えます。とても上手に無駄なく聞く人の心を動かしている。まさに名医の説明法です」として、このような説明の仕方で人を変容に導く「行動変容技法」という観点でたとえ話を読むとつじつまが合い、腑に落ちると説明する。

 続けて「さらにイエスはまたさまざまな箇所で本人の変容につながる体験を与えています。人は体験を通してしか信じない。イエスの周囲の人はいやし、ゆるしを体験することによって変容し、自分から変わっていきます。「あなたの信仰があなたを救った」と書かれているとおりです」と。

 そして「特に復活の後、イエスはトマスに『あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい……信じる者になりなさい』(ヨハネ20・27)と言っています。体験をしたことは、自分の力となって生きてきます。ミサはまさにそういうものです。漢方で身体ができたあと、ヨガクラスに入り、自分の体を自分で見つめ、養生するようになっていくと、人は変わります。そして自分で確信をもって周囲の人に語り始めるのです。『大丈夫良くなるから!』と。こういう言葉には力があります。『よくなるらしいよ』ではないのです。こういう体験を伴わない言葉はだれも信じません。みんな『知ってるよ』と言います。人が自分の体験を語るとき、それは力を持ちます。そしてそれは伝播していきます。皆が声を合わせて『知ってる知ってる』と証言してくれるのです。そうやって初代教会では弟子たちが伝えていったのではないかと思います。ミサは体験を得て、体験をのべ伝えること目的としているから、最後にこう言うのですよね。『行きましょう、主の平和のうちに』。自ら得た体験をのべ伝えるために、私たちは派遣されるのです」と結んでいる。

【本体600円+税】
【オリエンス宗教研究所】

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